ローマ教会への手紙

神の任命と選抜

1 ――手紙――

イエス・救世主キリストの召使であり、最高の知らせゴスペルを伝えるための使徒として神から任命されしパウロより

2 この最高の知らせゴスペルは、ずっと前から、神が預言者を通して、聖書の中で約束してきたもので、

3 神の一人子ひとりご、王なるイエス・救世主キリストに関するもの。

この方は、として、大王ダビデの家系に生まれた。

4 そして、神の霊ホーリースピリットの力によって死から復活したあと、神の一人子ひとりごとして全世界を治める権力を授けられた男。

我らの王、イエス・救世主キリストだ。

5 イエスを通して私に情けをかけてくれた神は、

全世界の人がイエスを信頼して従うように率いるイエス・救世主キリストの大使、つまり使徒として私を任命してくれた。イエスに称賛を集めることこそが、私の存在意義だ。

6 私はあなたがたへイエスの最高の知らせゴスペルを伝えていくようにと選ばれた使徒。そしてあなたがたはイエス・救世主キリストに属すようにと神に選ばれたのだ。

7 ローマ教会へ。

神はみなさんを愛しており、みなさんを聖なる民として選ばれた。

我らの父なる神と、王なるイエス・救世主キリストの恵みと平安があらんことを。

誇り高き最高な知らせゴスペル

8 まずは、みなさんについてイエス・救世主キリストを通し、神に感謝していることを知っていただきたい。どこへ行っても、みなさんの評判を耳にする。 みなさんが神に抱く信頼の厚さといったら。世界中に知れわたっているぞ!

9 祈るたびにあなたがたを想う。神が証人だ。

私は、この神の一人子ひとりごに関する最高の知らせゴスペルを伝えながら、全身全霊で神に仕えている。

10 また、どうにかみなさんを訪問する道が開かれるようにといつも祈っている。

11 みんなに会いたいし、なんらかの霊的な贈り物を授けてみんなの神にある信頼を強めたいからだ。

12 互いに持つ信仰をぶつけ、助け合いたい。あなたの信仰が私を力づけ、私の信仰があなたがたを力づけるからだ!

13 兄弟姉妹よ。私はこれまでに何度も、みんなのところへ行こうとしたが、その計画がことごとく妨げられてきたことを知ってもらいたい。

他の国の多くの教会であがったすばらしい成果をみんなの間でもみたいのだ!

14 私はすべての人に仕えなければならない。

文明人だろうと野生人だろうと、教育のある人にも、無学な人にも。

15 だからこそみなさんがいるローマでもぜひ、最高の知らせゴスペルを伝えたいと、心底願っているのだ。

16 というのも、最高の知らせゴスペルを伝えることを私は少しも恥とは思っていないからだ。

それはをだれでも救う神の力が宿っているからだ。

最初は、ユダヤ人だけに伝えられていたが、

今では、すべての人が同じように、この方法で神のもとに招かれているのだ。

17 そう、最高な知らせゴスペルによって神が慈善じぜんにあふれ、義理堅いことが示された。

1人の完璧な忠誠心が多くの忠誠へとつなげられた。

“神を信頼することで認められた者は、”――【聖書:ハバクク書2:4より引用】

と、聖書にあるとおりだ。

人の過ち

18 自己中な外道げどうに神は天から怒りの鉄槌てっついを食らわせる。

神の顔に泥をぬり、仲間同士で過ちを犯す的外れな彼らのせいで神の真理が曇り、本来の姿をとらえられない人が続出する。

19 なぜ神が怒るか?それは、神が彼らに真理をはっきり示してなお、そんなことをするからだ。

20 世界が創造されてから今まで、人は、天地や、神が創ったすべてのものを見て、神の存在と、その偉大な永遠の力をはっきり知っていた。

だから、彼らには弁解の余地がないのだ。

21 そう、彼らは確かに神を知っている。

にもかかわらず、そのことを認めず、神に心をゆだねず、毎日神に守られていることを感謝しようともしない。

やがて彼らは、神がどのような方か、また自分たちに何を求めているのかについて、ばかげたことを考えるようになった。

その結果、心はくもり、闇だらけになった。

22 賢いと言われたが、ふたを開けてみれば、なんとも哀れ。

23 そして、栄光に輝き、永遠に生きておられる神に称賛を集めず、木や石で鳥やけもの、へび、あるいは、くだらない人間の偶像を作り、それを神としたのだ。

24 神は欲のままに生きる彼らを放っておいた。

彼らは互いを欲のままに使いまわし、自分の体を軽く売ってしまった。

25 彼らは、神ではなく、に魂を売った。

だが、永遠に讃えられるべき存在は、創造主である神以外にいない!

26 そうこうすると、彼らの好き勝手やる姿に、神は目をつむった。

それにより、女は自然の摂理せつりに逆らい、同性愛にふけるようになり、 27 男も、女との正常な性的関係を捨てて、同性同志での汚れた性欲を燃やし、恥ずべきことを行った。

その結果、当然の報いである恥に満ちた人生を過ごすのだ。

28 彼らは神について考えることが大して重要ではないと思っている。

そこで神は、彼らの的を外した考えに行くがままにさせられた。

結果、人は触れてはいけない域に飛び込むようになった。

29 彼らの生活は、あらゆる悪と過ちに染まり、むさぼりや憎しみ、ねたみ、殺意、争い、偽り、苦々しい思い、陰口に満ちたものとなった。

30 また互いの悪口を言い、神を憎み、いばり、見下し、自慢ばかりし、いつも何か新しい悪事を考え出し、親に反抗し続けた。

31 モラルが欠け、平気で約束を破る。情け知らずで親切のかけらもない。

32 そんな生き方をしていれば、死を負わなければならないと分かっていながらなお、過ちに過ちを重ね、周りにも過ちを犯すように励まして巻き込む。

頑固な人と公平な神

1 こう書くと、あなたは、“なんてひどい連中だろう”と思うだろう。だが、他人事ひとごとにするんじゃない!あなたがたも負けてはいない。

彼らを白い目で見ているが、自分も同類だというのが分からないのか?

2 そんな人たちを平等に制裁する権利は神にある。

3 それなのに、よく

“ほかの人に罰が下るが、神は自分を見逃してくれる”

と、たかをくくれるな! 

あなたも彼らと一緒に罰っされるのが、本当にわからないのか!

4 神がどれだけ大目に見て、こらえてくれているのかが、わからないのか?

それとも、そんなことはお構いなしか?

神があなたにバチを与えず待っていてくれたのは、過ちから足を洗い、更生の猶予ゆうよを与えるためだというのがわからないのか?

5 神がそこまでしてくれているのに、あなたがたの頑固さときたら!

変わる気などみじんもない。

こうして哀れなことに、自ら恐ろしい刑罰を積み上げている。

ああ、裁かれるさ。神が裁判官として立ち、怒りの鉄槌てっついを下す日にな。

その日、誰もが人の立場に左右されない神の公平な裁きを目にするのだ。

6 神はそれぞれの生き様にふさわしき報いを与える。

鉄槌、あるいは、褒美で報われるかはあなた次第――【聖書:詩篇62:12, 箴言24:12より引用】

7 善となれば疲れ知らずの人間がいる。

神に与えられる栄誉と永遠のいのちエターナルライフのために生きているからであり、実際にそれをものにするのはこのような人間だ。

8 これ以外の人間は、自分の得にしか興味がない。

自分の得を追及するなら、神の真理に背く故に、神の怒りの鉄槌てっついが下される。

9 痛みと苦しみは、道を外したまま生きる人の背を追いかける。

初めにユダヤ人を襲い、それから外国人を襲う。

10 栄誉、称賛、平和は、神の意志をかつぐ人の背を追いかける。

初めにユダヤ人を包み、それから外国人を包む。

11 どんな人間であろうと神は公平に判定するからだ。

12 掟を知らずに過ちを犯そうが、掟を知りながら過ちを犯そうが、同じように裁かれる。

掟を知らなかった者は、犯した過ちによって有罪となる。掟を知ったうえで、過ちを犯した者も、その掟に基づいて有罪となる。

13 結局のところ、聖書にある掟を読み聞きしたからと言って救われるのではなく、

聖書、つまり神の意志をかつぐものが救われるのだ。

14 では、ユダヤ人以外で聖書を読んで育たなかった人たちはどうなる?

聖書の知識が盛んでなくとも、神の意志を実行しているなら、その人たちこそお手本だ。

15 心には何が正しく、正しくないのかが刻まれており、良識もある。

たまに、正しく生きているのにも関わらず、心配性になって間違っているのではないかと考えることだってある。

16 つまり、掟によってではなく、神はイエス・救世主キリストをとおして、人の心の奥底に潜む思いや動機、考えを基準に裁くのだ。

このことは、私が伝えている神の偉大な計画の一部だ。

真のユダヤ人

17 “私は神から掟を与えられた選ばれしユダヤ人だ”と、たかをくくっているのか。

18 “小さなころから神の掟を学んできたのだから、神が何を求め、人生において何が重要なのかを知っている”のだと。

19 “私は正しい道がわからない人の灯台、闇にいる人の光なのだ”と。

20 “神の掟を知っているから、人の道を正す権利を持ち、信じたばかりの人の教師なのだ”と。

“神の掟を知っているから、なんでも知っていて、真理をつかんでいるのだ”と。

21 だが、自分のことは棚に上げて教えるとは、どういうことだ?

自分がやってもいないことを教える前に、まず自分がやったらどうだ?

と教え、なぜ人の魂を盗む?

22 結婚外でのセックス、すなわち姦淫かんいんをするなと教えるが、

姦淫かんいんの張本人はあなたではないか。

偶像を崇拝するなと教え、お金という名の偶像のとりこになっているではないか。

23 神の掟を知って得意げにしているが、その掟を破る神の面汚つらよごしではないか。

24 “そんなあなたがたのせいで、世間は神をけなす”――【聖書:エゼキエル書36:20-23より引用】

と聖書にあるとおりだ。

25 もしあなたが神のことばに従っているなら、ユダヤ人であることにいくらかの価値はあるが、従っていなければ、外国人に勝ることは何一つない。

26 外国人がに従うなら、ユダヤ人と立場は変わらない。

27 聖書の知識があまりない外国人が、神の意志に従っている。それにより聖書に精通しておいてなお、聖書に反するユダヤ人の罪深さがいっそう明らかになった。

28 ユダヤ人の両親から生まれたとか、ユダヤ人と認められるための儀式である割礼かつれいを受けたとかいうだけでは、真のユダヤ人とは言えない。

29 真のユダヤ人は、外見ではなく神に心を認められた者だ。

体の割礼かつれいを受けて肉体の一部を切り取った人ではなく、

心の割礼かつれいで心から闇を切り取られた人。

それは、掟に従うことによってなされるのではなく、神の霊ホーリースピリットによってなされるのだ。

そう、神の霊ホーリースピリットによって改心かいしんされ、人生を一変した人こそ、たとい人に讃えられなくとも、神が讃えてくれるのだ!

裁判に立場は無意味

1 では、ユダヤ人であることに、どういう利点があるのだろうか?

ユダヤ人の割礼かつれいの儀式に、価値があるのだろうか?

2 もちろん!

ユダヤ人であることには、多くの利点がある。

まず第一に、神はユダヤ人に自分の掟を委ねた。

それは、彼らに神の心を知ってもらい、それを実行させるためだった。

3 確かに、ユダヤ人の中には不義な者がいた。

しかし、一部の不義な者が神との約束を破ったからといって、神も約束を破るだろうか?

4 とんでもない!

たとえ世界中の人がうそつきであっても、神は違う。

このことについて、聖書の詩篇にこうある。

𝄞神のことばに誤りはない。

だれが疑おうとも、いつも真実で正しい――【聖書:詩篇51:4より引用】

5 ところが、ある人たちはこんな理屈をこねる。

“私たちが過ちを犯せば、神様の正しさが際立つのだから、罰せられるなんて不公平じゃないか”

6 とんでもない!

もし神が、ユダヤ人に対して平等な制裁を加えず、特別扱いをするのなら、世界を裁くのにふさわしい方とは呼べないだろう。

7 “でも、私がうそをつけば、神の真実さが際立つのだから、結果、神に称賛を集めているじゃあないか。なぜ、有罪判決なんだ?”

8 こんな理屈を突きつめていくと最終的には、

“私たちが悪ければ悪いほど、神のすばらしさが際立つのだから、もっと悪さをすべきだ”

ということになる。

あろうことか、私たちがそのように教えていると主張している。

なんとバチ当たりな!

9 それでは、私たちユダヤ人は、ほかの人たちよりすぐれているのだろうか?

いいえ、そういうことではない。

すでに指摘したように、ユダヤ人であろうと外国人であろうと、みな過ちを犯した罪人なのだ。

人の不完全さを示す神の掟

10 聖書にあるとおりだ。

𝄞正しい人、1人とおらず

11 理解者、1人とおらず

忠実な人、1人とおらず

12 善人、1人としておらず

すべての人が神に背を向け、価値を失った ――【聖書:詩篇14:1-3より引用】

13 𝄞彼らの会話は、不潔ふけつで腐っており、まるで墓穴はかあなからもれる悪臭のごとく。

うそに染まった彼らの舌――【聖書:詩篇5:9より引用】

𝄞そのことば、恐ろしき毒へびのキバと毒のごとく――【聖書:詩篇140:3より引用】

14 𝄞彼らの口は、のろいと苦々しいことばで満ちている ――【聖書:詩篇10:7より引用】

15 自分と意見の合わない人を憎み、 すぐに殺す。

16 彼らの行く所ではどこでも、悲惨な結果とめんどうな問題があとを絶たない。

17 彼らは一度も心の安らぎを感じたことがなく、神の祝福を味わったこともない――【聖書:イザヤ書59:7-8より引用】

18 𝄞神への敬意も厳粛げんしゅくも、彼らにはない――【聖書:詩篇36:1より引用】

19 そんなわけで、神のさばきが、ユダヤ人に重々しくのしかかっている。

なぜなら、彼らは神の掟を守る責任があるのに、守らず、こうした悪事にふけっているからだ。

彼らのうち、1人として、申し開きのできる者はいない。

事実、全世界が全能の神の前に沈黙ちんもくして立ち、有罪の宣告を受けているのだ。

20 さて、もうわかっただろうか?

掟の命じることを実行し、神に正しい者と認められようとしても無駄なあがき。

私たちが神の掟を知れば知るほど、自分がどれだけ守れておらず、ダメなのかが明らかになるだけだからだ。 神の掟はただ、私たちの自己中さを自覚させる。

救いの法則

21 しかし今や、父なる神がその家族に受け入れるための別の方法を示し、その善良さと義理堅さを示した。

その新しい道は、善人になり、神に認められるためのではない。

とは言っても、この掟や預言者がこの道を指し示したのだが。

22 神が善良で義理堅いことは、イエス・救世主キリストを信頼することで明らかになった。 どこの誰であろうと、救世主キリストを信じ抜くものは救われるのだ。

23 そう、すべての人は過ちを犯し、神の輝かしい標準にほど遠い存在だ。

24 もし私たちがイエス・救世主キリストを信じきるなら、神の恵みで私たちをと宣言してくれる。

このイエス・救世主キリストが、無償で私たちの過ちを帳消しにしてくれるからだ。

25 神はイエス・救世主キリストを遣わし、永遠に過ちを犯し続ける奴隷の道から解放するための犠牲としてくれた。

神は、私たちを解放するための手段として、イエスの血と私たちの神への信頼とを用いた。

だから、それまでの時代に過ちを犯した者たちを罰せられなかったとしても、神は完全に公平であられたわけだ。

イエスが来て神を拒絶する過ちから解放へと導く時を、神は待ち望んでいたからだ。

26 そして今日こんにちでも、神はこの同じ方法で不完全な人を受け入れてくれる。

イエスが彼らの過ちを帳消しにしてくれたからだ。

しかし、このように、過ちを犯した者をゆるし、無罪を宣告するのは、神の公平なやり方に反するのではないだろうか?

いや、そんなことはない!

なぜなら、神がそうしてくれたのは、イエスが忠実だからであって、私たちがそれを信じた時に神が私たちの過ちを帳消しにしてくれるからだ。

27 それでは、救われるために、私たちユダヤ人は何か誇れるようなことをしただろうか?

いいや、何もしていない。

なぜか?

私たちはユダヤの掟を守ることで無罪にはなれるわけではないからだ。

それはイエスが成し遂げてくれたことと、私たちが神に抱く信頼に基づいているのだ。

28 つまり、私たちの行い、またはすべての掟を守ることによってではなく、イエスへの信頼によって救われるのだ。

29 神はユダヤ人だけの神なのだろうか?なんともバカげた考えだ。

もちろん、否。それ以外の外国人も、同じようにして神のもとに行ける。

30 神はすべての人を平等に扱う。

ユダヤ人だろうと外国人だろうと、人はみな、神を信じとおすなら、無罪とされるのだ。

31 それでは、神を信頼することで済むなら聖書のことばに従う必要はないのか?

むしろその逆。

実際、私たちはイエスを信じきってこそ、ほんとうの意味で聖書の教えに従うことができるのだ!

アブラハムが神に認められたタイミング

1 では、我々の先祖アブラハムについてはどうだ?

2 彼が神に受け入れられたのは、良い行ないをしたからだろうか?

もしそうなら、彼は自慢できたはずだ。

しかし、神の目から見ると、アブラハムには、自慢する理由などみじんもなかった。

3 というのも、聖書にはこうある。

“アブラハムは神を信じた。だから、神はアブラハムを認めた”――【聖書:創世記15:6より引用】

4 働いて、貰う給料は、贈り物ではない。

当然の報いであって、無償で与えられる贈り物とはちがう。

5 努力で神に認められることはできない。神を信頼することで認められるのだ。

神は極悪人ですら更生させる。

6 ダビデ大王も、人が努力なしで、神に祝福されることについて記した。

7 𝄞なんというさち

過ちからきれいさっぱり

ゆるされた人、

8 なんというさち

神様に罪歴を

帳消しにされた人――【聖書:詩篇32:1-2より引用】

9 この祝福は、イエスを信じた上に、さらに掟をも守っている人にだけ与えられるのだろうか?

それとも、掟は守らなくても、ただイエスを信じてさえいれば与えられるのだろうか?

アブラハムがどうだったか見てみよう。

“アブラハムは神を信じきったことによって祝福された”

と言われている。それは、ただ神を信じただけだったのだろうか?

それとも、掟も守ったからなのだろうか?

10 この質問に答えるためには、まず、次の質問に答えなければならない。

神はいつ、アブラハムにこの祝福を与えたのかという事だ。

それは、彼がユダヤ人になる前、つまり、ユダヤ人として認められるための儀式である割礼かつれいを受ける“前”のことだった。

11 アブラハムが神に認められたのは割礼かつれいを受ける前だ。

後になってはじめて、神にことのしるしとして割礼かつれいを受けた。

だからこそ、アブラハムは、掟に従う道ではなく、信頼して救われる道を歩む人のなのだ。

つまり、アブラハム同様、神への信頼関係で救われることができるのだ!

12 アブラハムは同時に、割礼かつれいを受けているユダヤ人の、だ。

ユダヤ人は、信仰の父アブラハムの例から、自分たちはこの割礼かつれいの儀式によって救われるのではない、とわかるはずだ。

なぜなら、信仰の父アブラハムは、割礼かつれいを受ける前に、ただ神を信じることによって神に認められたからだ。

アブラハムの確信

13 そういうわけで、全地を信仰の父アブラハムとその子孫に与えるという神の約束は、アブラハムがではなく、と信じ抜いたからこそ与えられたことは明らかだ。

14 自力で神の約束の祝福を受けとれるなら、信頼する意味がなくなる。

つまり、アブラハムにした神の約束が無意味となるのだ。

15 神の掟を守ることで救われようと努力しても、神の怒りの鉄槌てっついが下されるのがオチ。

なぜなら、神の掟を守ることで受け入れてもらうことは不可能だからだ。

掟を破らないためには、破るような掟を持たないに限る。

16 というわけで、神からの祝福は、無償の贈り物として、神に確信をもつことで与えられるのだ!

掟に従うか否かに関係なく、信仰の父アブラハムと同じ信頼を神に抱くもののためにある約束だ。

17 “神はアブラハムを多くの国民の父とされた”――【聖書:創世記17:5より引用】

この約束を聞いたアブラハムは、神を信じた。

死人に命を吹き込み、命令ひとつで常識をひっくり返すのが神だ。

18 神は信仰の父アブラハムに言った。

“あなたに1人の男の子を授けよう。その子から多くの子孫が生まれ、偉大な民族となる” ――【聖書:創世記15:5より引用】

この時アブラハムは、そんな約束はとうてい実現するとは思えなかったにもかかわらず、神を信じたのだった。

19 信仰の父アブラハムは神を強く信頼していた。

100歳の自分が、もう父親になれる年ではないことも、また90歳の妻サラが子どもを産める身体ではないことも、知っていたが、お構いなし。

20 少しも疑うことなく、ひたすら神を信じ、その確信と信頼はますます強くなっていった。

その約束が実現する前から、約束が叶うことを感謝し、神を讃えるほどだった。

21 神がした約束ならどんなことでも実現すると、堅く信じていたのだ。

22 だからこそ、“神に認められたものとして迎えられた”――【聖書:創世記15:6より引用】

23 この “神に認められたものとして迎えられた”は、なにもアブラハムのためだけでなく、 24 私たちのためでもあった。

それは、王・イエスを死人の中から復活させた神の約束を信じる時、神がアブラハムと全く同様に、私たちをも受け入れてくれると保証している。

25 イエスは私たちの罪を着るために死へと引き渡された。

そして、私たちを神に繋げるため、死から蘇ったのだ。

敵のために死ぬほど偉大な愛

1 そう、私たちは、神の約束を信じることによって、認められた。

我らの王なるイエス・救世主キリストをとおして神と平和条約が結ばれたのだ。

2 私たちが信じたことで、救世主キリストが神の恵みへの道を開いてくれた。

おかげで、私たちはこの最高な特権を祝い、楽しんでいる。

いつか見る、神の栄光の日を心待ちにして。

3 私たちはさらに、様々な問題や困難に直面した時でさえ喜ぶことができる。

それは忍耐を学ぶのに役立つからだ。

4 辛抱強さによって、私たちの人格は筋金入りにされ、ひいては神への信頼を深めるのだ!

こうしてついに、私たちが抱く希望は、不動の確信となる。

5 そうなった時、どんなことが起ころうとも失望落胆せず、万事がえきだとわかる。

それは、神がどんなに深く愛していてくれるか、わかっているからだ。

私たちは、そのあたたかい愛を全身で感じている。

それは、神が与えてくれる、神の霊ホーリースピリットが私たちの心を、神の愛で満たしてくれているからだ。

6 私たちに希望もなにもないとき、神をシカトしていた自己中な私たちのために、救世主キリストはやって来て、そして死んでくれた。

7 人のために死ねる人は少なくとも、いるだろう。だが、敵のために死ぬ人はいない。

8 しかし、神の偉大な愛は違った。

私たちがまだ、自己中だったとき、つまり神の敵だったときに、救世主キリストは私たちのために死んでくれたのだ。

9 救世主キリストが流してくれた血のおかげで、私たちは神と繋がり、神の怒りから、完全に救い出してもらえると確信できる。

10 私たちが神の敵であった時に、神の一人子ひとりごの死によって、神のもとに連れ戻されたくらいだから、私たちが神の友となり、神の息子が私たちの内に生きている今、どんなにすばらしい祝福が備えられていることだろう。

11 我らの王なるイエス・救世主キリストをとおして救われただけでなく、神の友達になれたのだ! 今や私たちは、驚くべきことに世界最高の存在である、神と友好関係を楽しんでいるのだ!

一人の罪と一人の救い

12 どうやって?

一人の男、アダムが犯した過ちで、世界に罪がはびこった。

罪の代償は死。

つまり、罪がはびこる世に生まれた人の運命は死だった。

誰もが過ちを犯したからだ。

13 罪は掟ができる前から、この世にはびこっていた。

むしろ掟がなかったので、神は罪を記録していなかった。

14 それでも、アダムの時代からモーセの時代まで全人類が死の支配下にいた。

アダムのように、“禁断の木の実を食べてはいけない”という神の掟を破ったわけでなくとも、すべての人が死を経験した。

この一人の男、アダムは、現れると告げられてきた救世主キリストと、なんと対照的か。

15 ほとんどの人がアダムという1人の人が犯した罪によって死んだ。

しかし、神の無償の贈り物は、罪に勝っていた。

一人の男、イエス・救世主キリストがかけてくれた情けで、世界に生命いのちが注がれたのだ!

16 アダムが犯した1つの過ちで死刑宣告されたが、救世主キリストは、無償で過ちを赦し、すばらしい生命いのちをあたえてくれるのだ。

17 この1人の人アダムの罪により、死はすべての人を支配する王となった。

しかし、神から、過ちのゆるしと無罪放免むざいほうめんという無償の贈り物をもらう人はみな、この1人の人イエス・救世主キリストによって、生命いのちの王となる。

18 アダムの犯した1つの過ちが死をもたらしたように、

イエスの素晴らしくも偉大な1つの行動が、生命いのちをもたらした!

あまりの行いに、人間を神様と繋げ直してくれたのだ!

19 神に従わなかったアダムは、多くを自己中にしたが、神に従いきった救世主キリストは、多くを救った。

20 神の掟が与えられて人の自己中さは悪化した。

人は自分がいかに神の標準にほど遠い存在か、よくわかるようになったのだ。

しかし、私たちは、自分の自己中さを知れば知るほど、その罪をゆるしてくれる神の恵みがどんなに大きいのか、いっそうわかる。

21 今までは、全人類が罪の支配下にあり、死においやられた。 

しかし、今ではイエス・救世主キリストをとおして罪も死も神の恵みの支配下となったおかげで、私たちは神と結ばれ、永遠のいのちエターナルライフに導いてくれたのだ。

救世主キリストによって殺された“罪”

1 神からもっともっと恵みを注いでもらうため、これからも過ちを犯しつづけるべきだと思うか?

2 とんでもない! 昔歩んだ自己中な人生は終わったのだ。

過ちを犯す人生が死んだというのにどうやって自己中に生き続けられる?

3 私たちがイエスの信者クリスチャンになり、洗礼バプテスマを受けてイエス・救世主キリストの体の一部となった時に、私たちはイエスの十字架での死を共有する者たちとなったのだ。

4 我欲を愛する古い性質は、私たちが洗礼バプテスマを受けた時、イエスと共にほうむり去られ、彼とともに死んだ。

そして、父なる神が、栄光の力でイエスを復活させてくれたように、みなさんは、イエスの新しくすばらしい生命いのちを神に与えられたおかげで新たな人生を歩めるようになったのだ。

5 私たちは、イエスが死なれた時、彼と1つになった。

そして、やがてイエスと同じように復活する。

6 私たちの古い邪悪な欲望は、イエスといっしょに十字架につけられた。過ちを愛する部分は、致命傷を負った。

それは、過ちを愛する体が、もはや過ちの支配を受けず、今後一切、過ちの奴隷にならないためだ。

7 一度死んだ人は誰でも、罪の支配から解放されたということだ!

8 救世主キリストといっしょに自分の罪がのだから、救世主キリストと一緒にすると信じているのだ。

9 死から復活した救世主キリストは、もう二度と死ぬことはできない。

死には、もはや救世主キリストを支配する力がないからだ。

10 過ちの力に永遠のとどめを刺すために、救世主キリストは一度死んだ。

そして今では、神の力で生きる、新たな人生を送っているのだ。

11 だから、みなさんの古い自己中な性質は死んだもの、過ちの力に反応しなくなったものとみなしなさい。 

そして、その代わりに、イエス・救世主キリストによって、神の心に敏感に応答して生きるものとみなすのだ。

12 この世の体はいずれ滅びるのだから、過ちに支配され、我欲に捕らわれた生き方をしないように。

13 体のどんな部分をも、過ちを犯すための悪の道具にしてはならない。

しかし、一度死に生命いのちを与えられた今、自分の体のすべての部分が善に使われるために神にささげるのだ!

14 罪は、あなたがたを二度と支配できない。掟の束縛は解かれ、もはや掟の下ではなく、神の恵みの下にいるからだ。

あなたは罪の家臣?それとも神の家臣?

15 それならどうしたらいいのか?

掟の下ではなく、恵みの下にいるのだから、過ちを犯し放題、やりたいことをやりまくれることになるのか?

とんでもない!

16 あなたは自分が忠誠を尽くす者の家臣かしんであることぐらいわかるだろう。

何だろうと誰であろうと、自分の身を捧げるものが自分の頭領とうりょう

罪に忠誠を尽くすか、神に忠誠を尽くすかはあなた次第。

罪に従えば、永遠の死、神に従えば、神からの承認を授かる!

17 みなさんも以前は過ちの奴隷だった。

しかし、ありがたいことに、あなたがたが忠誠を約束した教えに心から従ってきた。

18 今やあなたがたは、罪という古いあるじから解放され、正という新しいあるじの奴隷になっているのだ。

19 このように奴隷とあるじの例をあげて話すのは、そのほうが、わかりやすいからだ。

みなさんは、かつて、その体を己の汚らわしい考えにささげていた。 その結果、悪のためだけに生きていた。しかし今は正の奴隷として自身をささげるんだ。そうすれば、神のためだけに生きることになる。

20 あなたがたが過ちの奴隷だった時、良い行ないについて無関心だった。

21 今では恥に思う醜いことばかりをしたものだ。

それで人生はいくらでもよくなったか?

いや、そんなことはない。行きつくのは永遠の死だ。

22 しかし今は、過ちから解放され、神の奴隷になれたのだ!

その結果、神のみのために生きるようになり、行きつくのは永遠のいのちエターナルライフだ。

23 過ちの代価は死。神は、我らの王なるイエス・救世主キリストをとおして無償で永遠のいのちエターナルライフを与えてくれるのだ!

生きた人間にのみ適用されるのが掟

1 兄弟姉妹よ、掟は生きた人間にのみ適応されることは知っているでしょう?

2 一例をあげよう。女が結婚をすれば、相手が死ぬまで、結ばれていなければならない。

しかし、相手が死ねば、女は結婚の掟から解放される。

3 結婚相手が生きているうちに、他の人と結ばれるなら、立派な姦淫かんいんだと掟にある。しかし、夫が他界すれば、妻は結婚の掟から自由になり、ほかの男と結婚しても有罪ではない。

4 わが兄弟たちよ、同じようにだ。あなたが救世主キリストと共に死んだ時、あなたは掟から自由にされ、救世主キリストと結ばれた。 それで私たち全員が死から復活した救世主キリストの体の一部となり、神の実を結ぶにいたったのだ。

5 以前、私たちは自分という自己中な性質に支配されていた。

掟の影響で悪さに手を出したくなったのだ。

その欲望が体を完全に操作するので、死をもたらす過ちばかり犯した。

6 しかし、もう掟に縛られる必要はないのだ。

掟に縛られていた間に、みなさんは一度のだから。

昔のように、一連の規則に機械的に従うのではない。

今は神の霊ホーリースピリットと共に神に従うのだ。

掟を使って人をだます罪

7 私が、神の掟を悪いとでも言っていると思うか?

とんでもない!

掟が悪いわけじゃあない。私は掟によってなにが悪いのかが分かるようになった。

もし、

“心に邪悪な欲望をいだいてはならない”――【聖書:出エジプト記20:17、申命記5:21より引用】

という掟がなければ、私は、自分の心にある過ち、すなわちそこに潜んでいる邪悪な欲望に気づかなかっただろう。

8 ところが過ちは、この掟を逆利用し、私たちの中で邪悪な欲望をかき立てた。

破るような掟さえなかったなら、過ちに力などなかったのだ。

9 掟を知らなかったとき、私は無邪気だった。

しかし、掟が与えられたとき、罪の扉が開かれた。

10 つまり、それによって私は

私の場合、生命いのちに導くはずの掟にふれ、かえって死へと落っこちてしまったわけだ。

11 罪は私をだましたのだ。気づかないうちに死へと導かれていた。

12 しかし、掟そのものは聖く、その命令は完全に正しく、良いものであることは、分かってもらえるだろう。

13 では良いものが私を死においやったことになるのだろうか?

とんでもない!

良い掟をもちいて、私を死においやったのは罪だ。

罪がどんなにずる賢く、恐ろしく、いまわしいものか、わかるだろう。

良い掟を使ってここまで悪どいことができるのだから。

掟の下の人生

14 掟は神の霊ホーリースピリットによって与えられたものだと私たちは知っている。

しかし私は弱く、1人の人間なのである。私は、過ちというあるじに、奴隷として売り渡されているからだ。

15 私は自分の行動が全くわからない・・・ほんとうは正しいことをしたいのに、それをしない。

反対に、憎んでいることをしてしまう自分がいる。

16 自分がしてしまうことをやりたくないと思うのであれば、それは掟が良いものであると同意していることになる。

17 それをしているのは、もはや私ではないのだ。

悪を行なわせるのは、私のうちに住みついている過ちなのだ。

18 そう、私自身の中に良いものは全くないのだ。

どんなにもがいても、自分で自分に、正しいことを行なわせることができない。

そうしたいのだが、できないのだ。

19 良いことをしたいと思っても行なわず、悪いことをしないように努めても、どうしてもそれをしてしまう。

20 自分ではしたくないことをしているとすれば、それをしているのは、私ではない。

つまり、私に住みついている過ちの力がしているのだ。

21 掟について私が学んだことは、掟が命じる良いことをしたいと思う時、悪もそこにいるのだ。

22 私としては、神の意志どおり行いたいのだ。

23 ところが、心の奥深くに別の掟のようなものが潜み、それが私が受け入れている良い掟に戦いをいどむ。

その掟のようなものというのは、過ちの支配で、それは私を打ち負かし、奴隷とするのだ。

24 ああ、私はなんとみじめで哀れな人間だろう。いったいだれが、この奴隷状態から解放してくれるのだろうか。

25 でも神に感謝している!王なるイエス・救世主キリストによって、私は解放された。

心では、喜んで神に従う召使でありたいと願いながら、実際には、人間の弱さゆえに過ちの奴隷となっている。

神の霊ホーリースピリットがカギ

1 だから、今やイエス・救世主キリストに属する人は、死刑宣告から免れているのだ。

2 なぜなら、イエス・救世主キリスト生命いのちを与える神の霊ホーリースピリットの力で、過ちと死の力から私を解放してくれたからだ。

3 神の掟を知っているだけでは、過ちの支配から救い出されることがない。

人間の弱さがゆえに、私たちを救い出すには掟は力足らずだったのだ。

ところが、神は私たちを救うために、別の計画を実行に移された。

つまり、神の一人子ひとりごを、私たちと同じ体を持つ者として、この世に遣わしたのだ。

そして、彼を私たちの過ちのためのいけにえとした。神は人のいのちを使い、に死刑宣告を下したのだ。

4 だから、今や私たちは、神の霊ホーリースピリットに従って歩むのなら、神の掟に従えるのだ。

そしてもはや、古い邪悪な性質の言いなりになることも無いのだ。

5 過ちの性質の言いなりになっている人は、自分の望むものだけを考え生きている。

でも、神の霊ホーリースピリットに従って歩む人は、神の霊ホーリースピリットの望むものを考え生きている。

6 古い性質に従って歩むのなら、行き着く先は死なのである。 しかし、神の霊ホーリースピリットに従って歩むのなら、生命いのちと平安が待っている。

7 なぜこれが真実と言えようか?誰でも、自分の考えが過ちの性質に影響されているのなら、神と戦っていることになる。そのうち、神の掟から離れる。そしてもちろん、それを守ることはできないのだ。

8 だから、なおも古い自己中な自分に支配されて、過ちの性質に従い続ける人は、決して神が求めることを成し得ないのだ。

9 しかし、あなたがたはそうじゃない。もし神の霊ホーリースピリットが、みなさんのうちに住んでいるなら、神の霊ホーリースピリットに支配されている事になる。

もしその人のうちに神の霊ホーリースピリットが住んでいないなら、その人はイエスの信者クリスチャン、つまり救世主キリストに属している者ではない。

10 みなさんの体は過ちに属しているがゆえに死んでいる。

しかし、救世主キリストがうちに住んでいるのなら、神の霊ホーリースピリットが命を与える。救世主キリストがあなたの神との関係を正したからだ。

だが、魂は生きる!

救世主キリストがみなさんの魂を完全にきよめたからだ。

11 神がイエスを復活させた。そして神の霊ホーリースピリットが、みなさんのうちに住んでいるのなら、神は、この同じ神の霊ホーリースピリットによって、死後も、あなたがたの滅ぶべき体を復活させてくれるのだ。

12 だから、教会かぞくのみなさん。古い自己中な性質がどんなことを要求しても、それに応じる必要は全くない。

13 もし古い自己中な性質に従い続けるなら、やがて滅びるしかない。

しかし、もし神の霊ホーリースピリットの力によって、その自己中な性質と、邪悪な行ないとを打ち砕くなら、あなたがたは生きるのだ。

14 神の霊ホーリースピリットによって導かれる者はだれでも、神の子どもだからだ。

15 そこで私たちは、奴隷のように、いつもびくびく恐れる必要はもうないのだ。

神の家族の中に、子どもとしてあたたかく迎え入れられたのだから。

神の霊ホーリースピリットが私たちを実の子どもとし、神をアバ父さんと呼ばせてくれるのだ ――【アバ:アラム語で小さな子どもがお父さんを呼ぶとき「パパ」のように使われる】

16 というのは、神の霊ホーリースピリットが、私たちの心の奥底に、私たちはほんとうに神の子どもだよ、と語りかけてくれるからだ。

17 そして、私たちは神の子どもなのだから、神の財産を分け前にあずかる。

神が一人子ひとりご・イエス救世主キリストに与えたものは、今では私たちのものでもあるからだ。

しかし、私たちが神の一人子の栄光を共に受けるのなら、当然、その苦難をも受けなければならない。

栄光が再び輝くとき

18 けれども、私たちがいま味わっている苦しみなどは、後にもらえる栄光に比べたら、取るに足りないものだ。

19 神が造ったものはみな、やがて神の子どもたちがあらわされる日を、期待し、希望をもって待ち望んでいるのだ。

20 この世界は神の命令により不本意ながらも、あらゆる破壊の対象にされている。しかしすべては期待あってのことだ。それは、

21 この神の創造物がそれを滅ぼす力の奴隷から解放されることだ。神は創造物に、神の子どもにある自由と栄光を持ってほしかったからだ。

22 神の創造物でさえ、今まで、子を産む母のように苦しみにうめいていることを、私たちは知っている。

23 イエスの信者クリスチャンだって神の霊ホーリースピリットを、神からの最初の約束として先取りしているが、うめき声をあげている。

また、神の子どもとしての完全な権利が与えられるその日を、ひたすら待ちこがれている。

その日には、神が約束してくれた新しい体、すなわち、もはや病気にかかることも死ぬこともない体を与えられるのだ!

24 私たちはこの希望を抱くために救われた。まだ見えるものではない。

見えれば希望ではなくなってしまう。

すでに手に入れたものに対して希望を抱く人はいない。

25 私たちは、まだ手にしていないものを根気強く待ち望んでいるのだ!

26 また、弱っていて、なんと祈ったらよいかさえ、分からないとき、神の魂ホーリスピリットは私たちに代わり、ことばにも表せられないほどの心のうめき声を助けの祈りとして神へと求めてくれる。

27 神は私たちの深い深い心の奥底までも知っている。

そして、神の心と一致している神の霊ホーリースピリットの祈りを把握している。なぜなら神の霊ホーリースピリットは神が望むものを神の人たちの為に祈るからである。

28 そして私たちは、人が神を愛し、神の計画どおりに歩んでいるなら、自分の身に起こるすべてのことが益となると知っている!

29 というのは、神はあらかじめ、だれが自分のもとに来るかを知っていて、そのような人たちが自分の息子と同じくしようと、最初から定めていたからだ。

それは、一人子ひとりごを大ぜいのイエスに属する兄弟姉妹たちの中の長男とするためだった。

30 神は彼らが、自分の息子のようになるよう計画し、息子と共に正しくなるように選んだ。そして、それから神の微笑みを受ける者としてくれたのだ。

神が味方ならだれが敵対できる?

31 こんなにすばらしい恵みに対して、いったい何と言ったらよいか?

神が味方なら、だれが敵対できる?

32 たった1人の息子さえ惜しまずに、死に渡してしまわれたほどの神が、そのほかすべてのものを与えてくれないわけがあろうか?

33 神が自分のものとして選んだ私たちを、あえて訴えるのはだれだ?

神か?

とんでもない。

神は、私たちをゆるし、自分と正しく関係づけてくれた方ではないか。

34 私たちが有罪だと、いったい誰が言える?

存在しえない!

イエス・救世主キリストは、私たちのために死んでくれたのだから。

そして何より、蘇って天で、神の右の最も名誉ある座で、私たちを弁護してくれているのだぞ!

35 では、いったいだれが、私たちを救世主キリストの愛から引き離せる?

困難や災難、また、迫害が引き離すことはできるのか?

また、飢えや破産、危険や死が引き離すことができるのか?

36 聖書にあるとおりだ。

𝄞神のため、死と隣り合わせ

私たちは1日中、殺されるのを待つ羊となんら変わらないと思われている――【聖書:詩篇44:22より引用】

37 しかし、こうした中にあっても、私たちを愛してくれたイエスによって、圧倒的な勝利を得るのだ!

38 そう、神の愛から私たちを引き離せるものは

死にも人生にも、天使にも悪魔にもできっこない。

今日の恐れも、明日の不安も同様だ。

39 あるいは、私たちがどこにいようと、たとえ空高くのぼっても、地の果てまで行こうとも、私たちの王なるイエス・救世主キリストによってはっきり示された神の愛から、私たちを引き離せるものは、何一つないのだ。

真の神の民

1 これからつづることは、私が救世主キリストに属す者としてつづるので、嘘偽りがないことがお分かりいただけるだろう。 また、神の霊ホーリースピリットに満たされた私の心がこれを真実だと物語っている。 それは、

2 私の心が絶え間ない悲しみと痛みに覆われているということ。

3 ユダヤ人の同胞が理由だ。彼らは私の兄弟姉妹、最初の家族なんだ。

同胞が救われるためなら、救世主キリストとの関係を失ってしまってもかまわないとさえ思っているのに。

4 ユダヤ人は神に選ばれしイスラエルの民だ。

神様の好意があって日常生活における掟が与えられ、

賛美の場所として神殿が与えられ、

神を賛美する詩篇が与えられ、

すばらしい約束を与えられた民。

5 みなさんの先祖には、神を信じる偉大な確信の持ち主がいる。

救世主キリスト自身も、人間としての出生についてだけ言えば、ユダヤ人であり、みなさんの同胞だったのだ。

 この神である救世主キリストこそ、全てのものを永遠に支配している方だ。

この方をほめたたえよう!

6 それでは、ユダヤ人に対する神の約束は無効になったのか?

そんなことはない。神の約束は、にだけ与えられているのだ。

ユダヤ人に生まれついた者がみな、真の意味でのユダヤ人だとは限らない。 

7 血筋が信仰の父アブラハムの子孫だからと言って、真の意味でアブラハムの子孫ではない。

なぜなら、聖書に次のようにあるからだ。

“アブラハムには、イサクのほかにも子どもがいたが、神の約束が適用されるのは、イサクとその子孫に対してだけである”――【聖書:創世記21:12より引用】

8 つまり、信仰の父アブラハムの子どもが全部神の子なのではなく、神がアブラハムに与えた救いの約束を信じる人だけが、神の子どもなのだ!

9 神は信仰の父アブラハムに、

来年、わたしはあなたとサラに男の子を授けよう――【聖書:創世記18:10,14より引用】

と約束していた。

10 それだけではない。 リベカが約束の子であるイサクによって、双子を身ごもった時にも同じことが起きた。

11 それはまだ、こどもらが生まれる前であり、善い事も悪い事もする前の出来事だ。

12 生まれる前に神の計画がリベカに伝えられた。

行いによって選ばれたのではなく、神の意志で選ばれたのだ。

13 “ヤコブを愛し、エサウを嫌った”――【聖書:マラキ書1:2-3より引用】

と聖書にある通りだ。

14 では、神は不公平なのか?

とんでもない!

15 神はモーセにこう言った。

“わたしは、情けをかけたい人に情けをかけ、恵んであげたい人を恵みを注ぐ――【聖書:出エジプト記33:19より引用】

16 したがって、神からの祝福は、だれかがそれを得ようと決心したからとか、そのために努力したからとかで、与えられるようなものではない。

それは、神が情けをかけたいと思う人に与えられるものなのだ。

17 エジプト州の王パロが良い例だ。神はパロにこう言った。

「あなたにエジプト州の国を与えたのは、わたしの恐るべき力をあなたに示すため、それによって、世界中の人たちが、わたしの栄光ある名を耳にするためである」

18 これでわかるように、神は情けをかけたい人に情けをかけ、頑固にしたい人を頑固にする。

19 そこであなたは言うだろう。

“神がすべてを左右しているのなら、私たちの過ちを責めるのは不公平ではないか”

20 聞いてはならない質問だ。

人間ごとき私たちが神に口答えするものじゃない。

粘土のつぼが、創った人に“なぜこう作った?”ということはない。

創られた者が創った者に、ケチをつける権利はない。

21 ある人が粘土でつぼを作るとしよう。その場合、同じ粘土のかたまりを、1つは美しい花びんに、もう1つはごみ捨て容器に作り上げる権利を持っているのではなかろうか。

22 そのように、どう考えても滅びるしかないような人に対して、激しい怒りと力を示す当然の権利が、神にはないと言うのか?

しかし神は、これらの人たちに対して、これまでずっと辛抱してきた。

23 恵みを受けるべき人たちに豊かに微笑みを示すことができるように、神は、滅びる運命にあった人たちに対して忍耐強くあった。

24 神はユダヤ人からだけでなく、外国人からも選び抜いてくれた。

私たちがその選ばれた民なのだ!

25 聖書のホゼア書に何と書いてあるか、思い出してみてほしい。

神は、こう言っている。

私の子でない人を見て言おう。

おまえは私の子だ。

私から離れていた人に言おう。

私はおまえを愛している――【聖書:ホゼア書2:23より引用】

26 そして、

かつてはわたしの民ではない

と宣告された異教徒たちが、

と呼ばれるようになる――【聖書:ホゼア書1:10より引用】

27 また、預言者イザヤが神の民イスラエルについてこう叫んだ。

ああ、イスラエル

海辺の砂のように数は多いのに

救われるのはほんの一握りとは

28 そう、神様は言ったことを、この地球ですみやかに完遂かんすいさせる――【聖書:イザヤ書10:22-23より引用】

29 預言者イザヤが言ったとおりだ。

万能の神の情けで、ユダヤ人が数人生かされていなければ、

無法都市ソドムやゴモラの住人のごとく全滅していた――【聖書:イザヤ書1:9より引用】

30 さて、これはどういうことだ?

外国人は、努力もなにも、神を求めてさえいなかったというのに、神は外国人が信じることで神の家族に加わる機会を与えた。

31 ところが、ユダヤ人は、その家族に加わるに値することを示すために、神の掟を一生懸命守る努力をしたというのに失敗に終わった。

32 神の力でその家族に残ることができると信頼せずに、自力で残ろうとしたことが原因だ。

彼らは、イエスというつまずきの石につまずいたのだ。

33 聖書で、この石について記されている。

わたしはユダヤ人の通り道に、1つの岩を置く。

多くの者が、その石につまずくだろう。

しかし、この方を信じきる者が後悔することはない――【聖書:イザヤ書8:14、28:16より引用】

最高な知らせゴスペルを信じ抜くものは救われる

1 教会かぞくのみんな。私の一番の願いはユダヤ人全員が救われること。これこそ私が常々祈っていることだ。

2 彼らは本当に頑張って頑張って神に従おうとはしているんだ。私の経験からこれが真実だと言えるのだ。

ただ、正しい道を分かっていない。

3 神に認められる道が分からなかったので、自分の道を突き進んだ。

そのせいで、神が用意した道を認めることができなかった。

4 救世主キリストが来て、掟の目的は果たされた。

今やユダヤ人だろうと、外国人だろうと、救世主キリストを信じるのなら誰でも受け入れられるのだ。

5 モーセが掟についてこう記した。

“もし人が、非の打ちどころなく善良であり、一生涯、誘惑にも負けず、ただの一度も過ちを犯さずにいられるなら、はじめて救われる” ――【聖書:レビ記18:5より引用】

6 しかし、神を信じきって救われることについて聖書にこうある。

“‘だれが掟を守りきって天に昇り、救世主を連れて下リてくるか’などと言ってはならない。

7 ‘だれが地の深くまで下がるのか’つまり、‘だれが掟を守りきって救世主キリストを死から連れて上がってくるか’などと言ってはならない。

8 神の最高な知らせゴスペルは手の届くところにある。それは口先と心の中だ――【聖書:申命記30:12-14より引用。ユダヤ人は、イスラエルのすべての人間が1日だけでも掟を完璧に守れば、救世主が下ってきて、救ってくれると思っていたのだ】

これが私たちの広めている最高な知らせゴスペル。信じるきることで救われる道だ!

9 もし自分の口で――イエスは私の王だ――と宣言し、

“神がイエスを死から復活させた”と心から信じるなら救われるのだ!

10 そう、心の底からイエスを信じることで神に認められ、その確信をおおやけに認めるなら神が救ってくれる。

11 聖書では私たちに、

誰でもイエスを信じる者は、決して失望させられることがない――【聖書:イザヤ書28:16より引用】

と教えている。

12 “誰でも”と記されているのは、ユダヤ人も外国人もわけへだてがないからだ。

王は全人類の王なのだ。そして、助けを求めるものなら、だれでも豪勢に祝福してくれるのだ!

13 そう“王の名を呼び求める者は、だれでも救われるのだ”――【聖書:ヨエル書2:32より引用】

14 しかし、王を信じていなければ、どうやって“救ってください”と求める事ができる?

王のことを一度も聞いたことがなければ、どうやって信じる?

だれかが教えてくれなければ、どうやって王について聞ける?

15 また、だれかが遣わさなければ、どうして人のところへ出かけて教える人が出てくるだろうか?

聖書に、

神との平和を宣べ伝え、最高の知らせゴスペルをもたらす人の足は、なんとうるわしいことか――【聖書:イザヤ書52:7より引用】

とあるのは、まさにこのことだ。

つまり、神からの最高の知らせゴスペルを伝える人は、なんと歓迎されることか、というのだ。

16 しかし、おかしなことに誰もが最高の知らせゴスペルを受け入れたわけではない。

だから預言者イザヤはこう言った。

王よ、私たちが伝えたことを誰が信じたというのですか――【聖書:イザヤ書53:1より引用】

17 最高な知らせゴスペルを聞いて初めて、イエスに対する信頼が生まれ、

救世主キリストを伝えて初めて、最高な知らせゴスペルを耳にできる。

18 しかし、ユダヤ人についてはどうか?

彼らは神のことばを聞いたのだろうか?

もちろんだとも!

𝄞とどろいた、世界中に、

行きわたった、地の果てまで、

その知らせ――【聖書:詩篇19:4より引用】

と聖書にあるとおりだ。

19 ユダヤ人は、神の救いを拒むなら、その救いがほかの人たちに与えられることを知っていたのだろうか?

もちろんだ!

というのは、その昔、モーセの時代に、すでに神はこう告げていたからだ。

わたしは、無知な異教のすべての国民に救いを与えることで、 わたしの民にねたみを起こし、

その目を覚まさせよう ――【聖書:申命記32:21より引用】

20 後に、預言者イザヤも大胆にこう言っている。

私を捜してもいなかった人が、私を見つけた

私を求めていなかった人に、私は現れた――【聖書:イザヤ書65:1より引用】

21 一方、ユダヤ人についてはこう言った。

一日中立ちつくし、私の民に手を差し伸べているが、

頑固な民は、従うことを拒んだ――【聖書:イザヤ書65:2より引用】

オリーブの木につぎ木された枝と折れた枝

1 では神は自分の民であるユダヤ人を退け、見捨てたのだろうか?

とんでもない!

この私もユダヤ人であり、アブラハムの子孫、ベニヤミン族の1人であることを、忘れないでもらいたい。

2 神は、イスラエルが生まれる前から自分の民として選び、見捨てたことなど一度もない。

預言者エリヤが言ったことくらい知っているだろう?

エリヤが神の民イスラエルを告発した聖書個所だ。

3 “王よ、彼らはあなたの預言者を殺し、あなたの祭壇さいだんを壊した!

唯一残った預言者の私を殺そうとしています!”――【聖書:列王記上19:10, 14より引用】

4 それに対し神が何と答えたか、覚えているか?

いや、あなただけではない。わたしには、なおもわたしを愛し、偶像を拝んだことのない人が、ほかに7000人いる――【聖書:列王記上19:18より引用】

5 今でも同じことが言える。ユダヤ人の全部が神から離れ去ったわけではない。

神の恵みによって選ばれ、救われている人たちが、少数ながらいるのだ。

6 しかし、それは神の恵みのおかげであり、彼らが善良だからではない。

そうでなければ、ただであるはずの贈り物が、もはやただでなくなってしまう。

かせいで手に入れるのであれば、ただとは言えない。

7 さて、実情はこうだ。大部分のユダヤ人は、追い求めていた神の恵みを、得ることができなかった。

恵みを得たのは、神に選ばれた少数の者だけ。

ほかの人たちは盲目にされてしまった。

8 聖書にこうあるとおりだ。

神は彼らを眠らせた――【聖書:イザヤ書29:10より引用】

目をふさぎ、見えなくし、

耳をふさぎ、聞こえなくした。

それは今日まで続いている――【聖書:申命記29:4より引用】

9 ダビデ大王も同じことを言った。

𝄞ご馳走や贅沢な暮らしに溺れてしまえ

当然の罰に打たれてしまえ

10 彼らの目は見えなくなれ。

重荷を負わされて、いつまでも背中を曲げたまま歩くがいい――【聖書:詩篇69:22-23より引用】

11 これは、神がご自分の民であるユダヤ人を退けてしまったことを意味するのだろうか?

とんでもない!神の目的は、このことによって神の救いが外国人にも及ぶこと。その結果、ユダヤ人がねたみ、自分でも救いを求めるようになることにあったのだ。

12 ところで、考えてもみて欲しい。ユダヤ人が神の救いにつまずき、それを拒んだ時、全世界が豊かに恵まれたのだ。

とすれば、後にユダヤ人もイエスに立ち返る時には、どんなに大きく、すばらしい祝福が、この世に与えられることだろう。

13 知ってのとおり、神は私を、みなさん外国人への使徒に任命してくれた。

私はこのことを非常に重んじており、できるだけ多くの機会を見逃さず、そのことをユダヤ人に思い出させるようにしている。

14 何とかして、ユダヤ人にも、みなさん外国人が持っているものを求めさせ、幾人かでも多く救いたいのだ。 

15 ユダヤ人がイエスの信者クリスチャンになったら、どんなにすばらしいだろう。

神がユダヤ人からその顔をそむけたために、神の救いが、世界のユダヤ人以外の人たちに差し出されたのだ。

とすれば、ユダヤ人がイエスに立ち返るなら、もっとすばらしいことが起こる。それはちょうど、死人が生き返るようなものである。

16 信仰の父アブラハムや預言者は神の民なのだから、その子孫もまた、神の民となるはずだ。

木の根がきよければ、その枝もきよくなるはずだからだ。

17 ところが、信仰の父アブラハムという木のいくつかの枝、すなわちいくつかのユダヤ人は折り取られてしまった。

そして、いわば野生のオリーブの木の枝であった外国人のあなたが、それにつぎ木された。

それで今、あなたも、神がオリーブの木に注がれる、特別豊かな栄養分にあずかって、アブラハムとその子孫とに約束された祝福をいただいているのだ。

18 しかし、折り取られた枝の代わりにつぎ木されたことを自慢しないように、注意しなさい。

あなたが重要なのは、ただ神の木の一部になっているからだ。

このことを忘れてはならない。あなたは、ただの枝であって根ではないのだ。

19 あなたは、

“私に場所を譲るため、前の枝が折り取られたのなら、私はかなり特別な人間に違いない”

と考えるかもしれない。

20 気をつけなさい。ユダヤ人で枝が折り取られたのは、神を信じなかったからであり、あなたがつぎ木されたのは、ただ神を信じたからにほかならない。

何があっても天狗になってはならない。

むしろ、厳粛に、心を引き締めるのだ。

21 もし神がもとの木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないだろう。

22 神がどんなに恵み深く、また、どんなにきびしい方かを考えなさい。

不従順な者には、非常にきびしい方だが、神を愛し、信じ続ける者には、とても恵み深い方だ。

しかし、もしそうしないなら、あなたもまた、折り取られてしまうのだ。

23 一方、ユダヤ人が本当の意味で神を信じるなら、またもとの木についでくれる。

神には、そうする力があるのだ。

24 あなたは、野生のオリーブの木の一部として、神から遠く離れた存在だったが、神は喜んで受け入れ、ご自分の良い木についでくれたのだ。

これは異例のことだ。とすれば、もともとその木の枝であったユダヤ人にはどうだ。

もっとたやすく、もとの木につぎ木しようと、構えておられるのではないだろうか?

25 教会かぞくのみんな。

この神の真理を知ってもらいたいのだ。

そうすれば、高ぶったり、自慢したりすることもないだろう。

今のところ、ユダヤ人のほとんどが最高の知らせゴスペルに反対している。

しかし、時間の問題だ。十分な数の外国人が救われ、神のもとに来たときに変わるのだ。

26 そうやってイスラエル神の民はみな救われるのだ。

これについて、預言者は何と言っているか。

1人の救い手がシオンから出て、

ユダヤ人のあらゆる悪の手を取り払う。

27 彼らの罪を取り除かせてくれるなら、約束しよう――【聖書:イザヤ書59:20-21、27:9より引用】

28 今のところ、ユダヤ人の多くは、神からの最高の知らせゴスペルに敵対し、それを憎んでいる。

しかし、そのことはかえって、みなさんには益となった。 

というのは、神はその贈り物を、みなさん外国人に与えてくれたことになったからだ。

しかし、ユダヤ人は、神がアブラハム、イサク、ヤコブに与えた約束のゆえに、今でも愛されているのだ。

29 神の贈り物と招きは決して取り消されないからだ。

神は決して、約束を破ったりはしない。

30 以前、みなさんは神に逆らっていたが、ユダヤ人が神の贈り物を拒んだので、代わりに、神の情けを受けることになった。

31 そして今は神に逆らっているユダヤ人だが、いつの日か彼らも、みなさんの受けている神の情けを共に受けるようになるのだ。

32 神は全人類に差別なく情けをかけるために、自己中なままにさせておいた。

自己中に苦しみがともない、神のすばらしさを知るようになるからだ。

計り知れない神の壮大さ

33 ああ、なんとすばらしい神を、私たちは信じていることだろう。

神の知恵と知識と富は、なんと偉大なことだろう。

神の取り決めと方法とを理解することなど、とうていできない。

教えてもらったところで、とうてい分かりっこない。

34 いったい誰が、神様の心を知ることができる?

いったいだれが、神様の相談相手、案内役となるほどの知識を持てる?――【聖書:イザヤ書40:13より引用】

35 また、いったい誰が、神様から報いがもらえるほど

十分に、貢献できる?――【聖書:ヨブ記41:11より引用】

36 というのも、すべてのものは、ただ神から出ているからだ。

すべてのものは、神に生かされており、神の栄光のために存在しているのだ。

栄光は永久えいきゅうに神のもの! まさにアーメン

神に恵まれた才を活かせ!

1 そういうわけで教会かぞくのみなさんにお願いしたい。

神の喜ぶいきいきとした供え物として自分の体を神に捧げるんだ!

神がしてくれたことを思えば、これは、決してむりな注文ではないはずだ。

2 世間の人たちの生活態度や習慣をまねてはいけない。

むしろ、すること考えることすべての面で、生き生きとした、全く新しい別人となるのだ。

そうすれば、神の道がどんなに自分を満足させてくれるか、わかるようになる。

3 私は、神に特別な力を授かったからこそ、みなさん1人1人に警告しよう。

自分を過大評価するのではない。

ユニークに創られたありのままの自分を受け入れるのだ。

すべての人がユニークなら、誰が上も下もない。つまり、比べる意味がないのだ。

だから、自分がどんな人間か、まわりと比べえることで計るのではなく、自分は神になにを与えられたのか、を見て計るのだ。

4 なぜなら、1つのからだにたくさんのユニークな器官があり、それらの肢体がみな同じ働きをしてはいないように、 5 私たちも数は多いが、救世主キリストにあって1つのからだであり、各部分を担いながら、形は違えど、同じ体なのだから、比べても意味がない。

6 神はすべての人に十人十色の、特別でユニークな能力を恵んでくれた。

だから、預言することに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく預言するのだ!

7 仕えることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく快く仕えるのだ!

教えることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく分かりやすく教えるのだ!

8 鼓舞することに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく鼓舞するのだ!

必要を満たすことに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく与えるのだ!

人を率いることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく模範になって率いるのだ!

慈善をすることに恵まれているなら、他人と比べず、自分らしく喜んで慈善に励むのだ!

誰であろうと真心から愛す

9 ただ見せかけだけで人を愛してはいけない。

真心から愛しなさい。悪いことを憎み、良いことには味方しなさい。

10 兄弟のような愛情で互いに愛し合い、また、心から尊敬し合いなさい。

11 イエス様に仕えているかのように熱心に働きなさい。

12 みなさんのために神が計画していることすべてを喜びなさい。

困難の中でじっと耐え、常に祈りなさい。

13 イエスの信者クリスチャンが困っている時には、助けてあげなさい。

客を家に招いてもてなし、宿が必要なら泊めてあげるようにしなさい。

14 イエスの信者クリスチャンだからというので、だれかに危害を加えられても、のろってはいけない。

むしろ、神がその人を祝福してくれるように祈ってあげなさい。

15 だれかが幸せな思いで喜んでいる時には、いっしょに喜んであげなさい。

悲しんでいる人がいたら、いっしょに悲しんであげなさい。

16 互いに心を一つにし、楽しく働きなさい。お高くとまってはいけない。 

偉い人に取り入ろうとせず、かえって、平凡な普通の人と喜んで交際しなさい。 

何でも知っているなどと、思い上がってはいけない。

17 悪いことをされても、決して仕返しをしてはいけない。

だれが見ても、みなさんの正直さを認めるように行動しなさい。

18 だれとも争ってはいけない。できる限りあらゆる人と仲よくしなさい。

19 愛する友よ。

決して自分で復讐してはいけない。

復讐は神に任せなさい。

なぜなら、神が、

当然報復を受けなければならない人に、わたしが報復する――【聖書:申命記32:35より引用】

と言っているからだ。

20 敵が飢えていたら、

食べさせてやりなさい。 

のどが渇いていたら、

飲ませてやりなさい。

そうすれば、彼らは自分の過ちを恥じる――【聖書:箴言25:21-22より引用】

と、意識して行動するのだ。

21 悪に屈服くっぷくせず、善で克服こくふくせよ!

政府と法律

1 政府の権威に従いなさい。 

神がたてた権威だからだ。 

神によらない権威はどこにもない。

2 だから、国の法律に従わない者は、神がたてたものに反対しているのだ。

その人は必ず罰せられる。

3 裏表なく正しいことをしている人は、支配者を恐れない。

しかし、裏がある人は、びくびく支配者を恐れ、間違いを行なう。

びくびくしたくなければ、芯まで正しく生きろ!

そうすれば、支配者にでさえ讃えられる。

4 あなたを助けるために、神より遣わされているのが支配者だ。

しかし、悪いことをしているなら、あなたを罰する権利があるのだから、当然、恐れなければならない。そのためにこそ、遣わされているのだから。

5 政府や法律に従うには、2つの理由がある。

第1に、罰を受けないためであり、第2に、心の中ではそれを行うべきだと分かっているからだ。

6 同じ理由で、税金を納めるのだ。

政府の役人が国民のために仕事を続けるには、給料が必要だからだ。

彼らが意識していようが、いまいが、実際かれらは神のために働いているのだ。

7 借りはぜんぶ返しなさい。

税金や輸入税をすすんで納め、上に立つ人たちに従い、敬うべき人を敬い、重んずるべき人を重んずるのだ。

人を愛すことが聖書のすべて

8 借りを作るべきではない。

ただし、他の人を愛すという“借り”は別だ。

差別なく人を愛すのが、聖書の教えの全うだからだ。

9 自分ごとのように隣人を愛すなら、人を傷つけたり、だましたり、殺したり、盗んだりしようと思わないからだ。

また他人の妻と寝るとか、他人のものを欲しがるとかいった、十戒じっかいで禁じられていることは、何一つしないだろう――【聖書:出エジプト記20:13-15,17より引用】

このように、十戒じっかいはすべて、

自分ごとのように隣人を愛しなさい”――【聖書:レビ記19:18より引用】

という一つのおきてで解決なのだ。

10 愛が人を傷つけることはない。

だからこそ、愛は神の要求をすべて完全に満たす。

11 正しい生活をしなければならない、もう1つの理由がある。

すなわち、今やこの世の終わりの日が近づいており、みなさんが気づいているからである。

目を覚ましなさい。初め信じた時より、今いっそう、私たちの救いの時が日々近づいている。

12 夜はふけ、昼がすぐそこまで近づいている。だから、闇に属す過ちから足を洗い、光に属す武具で身をかためて、悪魔と戦うのだ。

13 昼に属すものらしくあからさまに誠実で立派な生活を送るのだ。

どんちゃん騒ぎをしたり、酔っぱらったり、性欲にふけったり、恥ずべき行動をとったり、争ったり、ねたんだりしてはならない。

14 むしろ、我らの王、イエス・救世主キリストの面影を見られるような人間となれ!

我欲を満たすようにと、自己中な自分の誘いにのることがないように。

生きるも死ぬも神の為

1 イエスの信者クリスチャンのすることに対する疑いがある人ですら、快く迎え入れなさい。

そして、彼らの異なった考え方をめぐり、議論をすることがないように。

2 なかにはどんなものを食べようとも、それが間違いではないと、信じている人もいる。

しかし、何を食べ、また食べるべきではないか、そこに迷いがあるのなら野菜のみを食べるべきである。

3 肉を食べてもよいと思っている人は、食べようとしない人を見下してはいけない。

また、食べようとしない人は、食べる人をとがめてはいけない。

神はそのどちらをも受け入れ、自分の子どもとしてくれたからだ。

4 どちらも神に仕えているのであって、人間であるあなたに仕えているわけではない。

責任は神に負うのであって、あなたに負うわけではない。

正しいか、間違っているかは、神がその人に教えてくださるはずだ。

神に真意仕える者であるか、そうでないのか。それを判定するのは神の役割である。仮にあなたが認めずとも、神は彼らを受け入れてくれるのだ。

5 ある人は、イエスの信者クリスチャンも、神を讃える特別な日として、ユダヤ教の祝祭日しゅくさいびを守るべきだ、と考えている。

しかし、他の人は、どの日もみな同様に神のものだから関係ないという。

こうしたことは、自己で判断するのだ。

6 もしイエス様を讃えるために特別な日を守っているなら、良いことだ。

偶像に供えた肉を食べる人についても、同じことが言える。

肉をイエス様に感謝しているのだから、正しいことだ。

そんな肉には触れようともしない人もまた、神様に喜んでもらおうと思うからこそであり、神に感謝しているのだ。

7 私たちは、生きるにも、死ぬにも、自分のためではない。

8 生きるにしても死ぬにしても、神様のため。

生死にかかわらず神に属しているのだ!

9 救世主キリストは、死んだ人と、生きている人の王となるために、死に、そして、復活したのだ!

10 であればなぜ、救世主キリストの兄弟姉妹を批判する?

また、なぜ自分は他より勝っていると思うのか?

どうせ誰もが神自身に裁かれるのだから、批判するのはやめなさい。

11 聖書にこうある通りだ。

神様は言う。約束しよう。

すべてのひざは、わたしの前にかがむ、

すべての舌は、わたしが神だと言う――【聖書:イザヤ書45:23より引用】

12 私たち1人1人が、物事の動機を神に申し開きしなければならないのだ。

他を考える

13 だから、他人を批判することが決してないように。

二度と教会の兄弟姉妹を悩ませたり、彼らの信心を傷つけるような真似はしない、と決断しようじゃあないか。

14 私には、偶像に供えた肉を食べることが悪くないと王・イエスが悟してくれた。

しかし、それを悪いと信じているなら、やるべきではない。

15 あなたの食事のせいで心を痛めている人が目の前にいて、平気でいるとしたら、愛の道を歩めていない。

他人が間違っていると思っていることをして、彼らと神の関係に亀裂が入ったらどうするのだ?

彼らを救おうと死んでくれた救世主キリストの労力を無駄にする気か。

16 たとえ自分の行為は正しいとわかっていても、人の批判の的になるようなことをしてはならない。

17 なぜなら、私たちイエスの信者クリスチャンにとって大切なのは、何を食べ、飲むかではなく、正しさと、平安と、神の魂ホーリスピリットから来る喜びとに、満ちあふれているかどうかだからだ。

18 このように救世主キリストに仕えてこそ、神に喜ばれ、人に敬われるのだ。

19 だからできるだけのことをして、互いの仲を保とうではないか!

互いの神との信頼関係が強く築かれるように助けあおうではないか!

20 食事の問題で、神の働きを台なしにしてはならない。

何を食べても悪くはないが、他人の神との関係を傷つけるようなら、悪いのだ。

21 肉だろうが、酒だろうが、教会の兄弟姉妹の信心を傷つけることはなんであれするべきではない。

22 あなたには、自分のしていることは、たとえ神の目から見ても潔白だ、とわかっているかもしれない。

このような場合、正しいと思うことをして、しかも、罪悪感を感じずにすむのが一番だ。

23 しかし、悪いかどう分からずにやるのなら、それは悪いことだ。

過ちを犯すリスクがあると分かってやったのだから、結局それは過ちだ。

立場に関わらず、心を合わせて神を讃える

1 私たちのように、これに関しては全く問題がないという人もいるだろう。

そんな人は、 神への信頼がまだ薄い人を大目に見て、広い心を持つべきだ。 “自分良ければそれでよし”ではないからだ。

2 神への信頼が薄い人たちの助けとなり、力となるのだ。誰もが神と強い信頼関係を築けるように動くべきだ!

3 救世主キリストでさえも、自分を楽しませるために生きることはなかった。

聖書にあるとおりだ。

𝄞あなたを侮辱する人は、わたしを侮辱したのだ――【聖書:詩篇69:9より引用】

4 いままで聖書に記されたことは、すべて私たちを教えるために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と励みとによって将来に希望を抱かせるためのものだ。

5 根性と励ましを与えてくれる神が、みなさんが一丸いちがんとなって仲良く暮らす力を与えてくれるように。 そうしたイエス・救世主キリストの心と姿勢を見習えるように。

6 そうしてはじめて、私たちはみんな王なるイエス・救世主キリストの父なる神をほめたたえ、声を合わせて賛美できるのだ。

7 救世主キリストがあたたかく受け入れてくれたのだから、みなさんも、お互いにあたたかく受け入れなさい。 そうすれば、神にさらなる称賛が集まる。

8 イエス・救世主キリストが来たのは、神が自分の約束に対して誠実な方であることを示すため、またユダヤ人を助けるためであったことを、思い起こすのだ。

9 また、それは外国人をも救うことで、その情け深さを示し、神が称賛の的になるためであったことを思い起こせ!

聖書にこうある。

𝄞私は外国人の中で、あなたを賛美し、

あなたの名をほめ歌おう――【聖書:詩篇18:49より引用】

10 また、ほかの個所にはこうある。

外国よ、神の民イスラエルと共に喜べ!――【聖書:申命記32:43より引用】

11 また、

𝄞外国人よ、神様をほめたたえよ!

全人類が神様をほめたたえるべし!――【聖書:詩篇117:1より引用】

12 また、預言者イザヤは――

エッサイの家系に1人の世継ぎが生まれる。

その人は外国人を治める王となる。

彼らは、ただこの方に望みをかける――【聖書:イザヤ書11:10より引用】

13 あなたがたが希望を注ぐ神に信頼を抱くとき、天の喜びと平安で満たされるように! そして神の霊ホーリースピリットの力で期待感いっぱいに溢れるように!

パウロの使命

14 我が教会かぞくよ。

みなさんが善意に満ち、必要なことはわきまえていると知っている。

だからこそ、助言し合って、解決に導けないほうがおかしい。

15 しかし、私はみなさんの念頭においてほしいことがあったので、ところどころ、思いきって大っぴらに書いた。

そうする使命を神に与えられたからだ。

16 それは、外国人のためにイエス・救世主キリストに仕える者となり、最高の知らせゴスペルのため、祭司のように外国人を神の霊ホーリースピリットによってきよめ、神に認められたささげ物とするためだ。

17 それで、イエス・救世主キリストが私を用いて行ってくれたすべてのことについて、少しは誇っても問題はないだろう。

18 私は、自力でしたことについては口にしない。

ただ、私をとおして救世主キリストが外国人を救ったことについてのみ言っているのだ。 結果として、彼らは素直に神に従う子どもとなったのである。

私の言動をとおし、

19 神の霊ホーリースピリットがキセキや神業を行うことによって、私は、神殿のみやこエルサレムからイルリコ州に至るまで、救世主キリストについての最高の知らせゴスペルを、くまなく伝えた。

20 それはいつも、救世主キリストを一度も聞いたことがない人のところで最高の知らせゴスペルを宣べ伝えたいと思っていたからだ。

ほかの人の手によって始まった教会を立ち上げたくはなかった。

21 こう聖書にあるからだ。

救世主キリストの名を告げられたことがない人の目は開き、

救世主キリストの名を聞いたことがない人は理解する――【聖書:イザヤ書52:15より引用】

スペインへの旅

22 このような事情のもとで、私は長いこと、みなさんのところに行けなかった。

23 しかし、ついに、こちらでの働きが終わった。長いあいだ待ったかいがあって、とうとう、そちらに行けそうだ。

24 実は今、スペインへの旅を計画している。

その途中、ローマ市に立ち寄るつもりだ。

そして、わずかな間でも、共に楽しい時を過ごしてから、みなさんに送られて、旅を続けたいと願っている。

25 これからエルサレム教会を援助しにいく。

26 マケドニヤ州とアカヤ州の教会が、いま貧しい目に会っているエルサレム教会のイエスの信者クリスチャンを助けたくて集金したので、それを届けに行くところだ。

27 彼らは喜んでそうした。 神殿のみやこエルサレムのイエスの信者クリスチャンには大きな借りがあると感じているからだ。

それは、エルサレム教会をとおして最高の知らせゴスペルを聞いたからだ。

彼らは、エルサレム教会から、最高の知らせゴスペルという、すばらしい魂の贈り物を受けたので、せめてものお返しとして、金銭的に贈り物をしようということになったのだ。

28 ということで、私はエルサレムにいる貧しいイエスの信者クリスチャンに贈り物をわたしてからすぐ、スペインに旅発つが、途中でみなさんを訪ねようと思っている。

29 私が訪問するときになれば、救世主キリストのおかげでお互いに最高な時間を過ごすことになると信じている。

30 教会かぞくのみんな。私の働きについて、ともに祈っておくれ。

王なるイエス・救世主キリストのため、また、神の霊ホーリースピリットに与えられる愛からそうしておくれ。

31 ユダヤ地方にいる間、最高な知らせゴスペルに反する人たちから守られるようにと。

また、私の持って行くお金を、神殿のみやこエルサレムのイエスの信者クリスチャンが喜んで受け取ってくれるようにも、祈っておくれ。

32 そうすれば、また、神の意志であれば、笑顔でいっぱいのみなさんのもとを訪ねることができることでしょう。 そして、お互いに励まされることでしょう。

33 どうか、平安を与えてくれる神が、今みなさん一同と共にいてくれるように。

締めの言葉

1 港町ケンクレヤ出身の、愛するイエスの信者クリスチャンフィベが、そのうちみなさんを訪れるだろう。

彼女は教会で熱心に働いてきた、まさに模範であり、信頼できる人だ。

2 だから彼女をイエス様に属す姉妹として、イエスの信者クリスチャンのあたたかい愛で迎えてもらいたい。

できることは何でもして、助けてあげるんだ。

この人はこれまで、私も含めて、多くの困っている人を助けてくれたのだ。

3 プリスカとアクラによろしく。この夫婦は、私の同労者として、イエス・救世主キリストのために働いてきた。

4 事実、2人は、いのちをかけて私を守ってくれたのだ。

感謝しているのは、私だけではない。

どの外国教会も、この2人には感謝している。

5 また、教会をするために2人の家に集まっている人たちに、くれぐれもよろしく。

アジヤ州で真っ先にイエスの信者クリスチャンになった私の親しい友であるエパネトにもよろしく。

6 骨身を惜しまず働き、助けてくれたマリヤにも。

7 それから、私の親類で、私と共に投獄されたこともあるアンドロニコとユニアスがそちらにいる。

彼らはみなから尊敬された使徒たちであり、私よりも先にイエスの信者クリスチャンになった人たちだ。

どうぞ、この2人にもよろしくと伝えてくれ。

8 神の子どもの1人として私が愛しているアムプリアトにもよろしく。

9 また、私の同労者ウルバノと、愛するスタキスとにもよろしく。

10 それに、アペレがいる。救世主キリストによって認められているりっぱな人だ。

よろしく伝えてくれ。 またアリストブロの家で働いている人たちによろしく。

11 私の親類ヘロデオンに、そしてナルキソの家で働いているイエスの信者クリスチャン奴隷の人たちにもよろしく。

12 イエス様のために働いているツルパナとツルポサによろしく。

また、王のために大変な苦労をした愛するペルシスにもよろしく。

13 王が自分のものとして選んだルポスによろしく。

また愛する彼の母上にもよろしく。

彼女は、私にとっても母であった。

14 どうか、アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマス、いっしょにいる他の兄弟たちにもよろしく頼む。

15 フィロロゴ、ユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパ、および、いっしょにいるすべてのイエスの信者クリスチャンに、私の愛を伝えてくれ。

16 互いに親しみをこめてあいさつを交わしなさい。

救世主キリストに繋がるこちらのすべての教会が、みなさんによろしくとのこと。

17 教会かぞくのみんな。この手紙を終える前に、もう1つ言っておきたいことがある。

救世主キリストについて今まで学んできたことに反すること、別のことを教え、分裂を引き起こし、人々の信心を傷つけるような人たちと距離をおきなさい。

18 そのような人たちは、我らの王・イエスのためではなく、自分の得を求めているだけだ。彼らは口が達者なので、純粋な人たちは、しばしばだまされるのだ。

19 しかし、みなさんが忠実であり、また真実であることは、だれもが知っている。

ほんとうにうれしいことだ。

私は、みなさんがいつも、何が正しいかについては鋭敏えいびんである一方、いかなる悪にも、うとい者であってほしいと願っている。

20 平和の神がすぐにも悪魔王サタンを打ち負かし、みなさんの足元においてくれる。

我らの王なるイエス・救世主キリストの恵みがあらんことを。

21 私の同労者混血のテモテと、私の親類のルキオ、ヤソン、ソシパテロが、みなさんによろしくとのこと。

22 ここで、この手紙の代筆だいひつを務めた私テルテオも、イエスの信者クリスチャンとしてみなさんにあいさつを申し上げる。

23 ガイオもみなさんによろしくとのこと。

いま私は彼の家で世話になっている。

全ての教会はそこで集会を開いているのだ。

市の収入役であるエラストと、イエスの信者クリスチャンの兄弟クワルトも、みなさんによろしくとのこと。

24 では、そろそろこの辺で。私たちの王なるイエス・救世主キリストの恵みが、みなさん一同と共にあるように――【後のギリシャ語の写本により24節は追加されたものであり、原文は23節までで終わっている】

25 私がみなさんに教えてきた最高の知らせゴスペルを用いて、あなたの確信を強めることのできる、唯一の神を讃えようぞ!

これは神に選ばれし王・イエスについて私が話していたこと。

すなわち、皆に知られるようにとつづられながら、何年、何十年にも渡り隠され続けてきたことなのだ。

26 そして私たちの目につくことのなかった知らせは、預言者たちによって書き記され、永遠の神の命令としてあり続けている。

そして今では、神に選ばれし王・イエスに、従う人たちへと知らされていった。

27 さあ!イエス・救世主キリスト によって栄光は永遠に神と共にある!

パウロより