コリント教会への手紙Ⅱ

1 神からイエス・救世主キリストの使徒に任命されたパウロと、共に神に信頼を置く我が友、混血のテモテより

港のみやこコリントおよびギリシヤ全土に住むすべてのイエスの信者クリスチャンへ。

2 我らの父なる神と王なるイエス・救世主キリストより恵みと平和があらんことを。

愛情の神

3 王なるイエス・救世主キリストの父である神に称賛があらんことを!

神は心が広く、私たちが苦難の中にいる時の深い愛情の源だ!

4 試練にぶつかるたびに神は私たちに愛情と力を注いでくれる。

それは、他の人が試練にぶつかったとき、私たちが神と同じ愛情を注ぎ、強めるためだ。

5 そう、救世主キリストが試練をくぐったように、私たちもくぐらなければならないのだ。しかし、それと同時に神の偉大な愛情が注がれ、他の人を助けるだけの力をみなぎらせてくれるのだ。

6 私たちが試練にぶつかるのは、神に力を注がれ、救いを手放さないほど強くするためなのだ。

私たちが強められれば、あなたたちを強めることができる。

こうして、根性が築き上げられ、我々同様の試練を受けて立つことができるようになるのだ。

7 みんななら必ず信じ抜くと信じている。私たちと同じ苦労と戦っているからこそ、同じ力でみなぎっているのがわかる。

8 教会かぞくのみんな。

私たちがアジヤ州で味わった苦しみについて知らせよう。

非常に激しい迫害を受け、打ちのめされて、もうこれ以上生き延びるのはむりかと思った。

9 死を覚悟し、自分の無力さを痛いほど痛感した。

しかし、それがよかったのだ。

というのは、そんな状態の中で、何もかも神にゆだねたからだ。

救い出すことができるのは、神だけだ。

死人を復活させることさえ、できる方なのだから。

10 やはり、神は私たちを助け、恐ろしい死の危険から救い出してくれた。

そしてこれからも、何度も、救い出してくれるに違いない。

11 あなたがたもまた、祈りによって私たちを助けてくれ。

それは、私たちの安全を願う、その祈りに、神がはっきりと答えてくれるのを見て、あなたがたが、もっともっと感謝と賛美をささげるようになるためだ。

パウロの計画の変更

12 私たちは、神のおかげで、今までしてきたことを誠実さと正直さをもってつらぬき通して働くことができた。特にあなたがたのところでしたことはそうだ。

それは自分の知恵ではなく、神に恵まれてできたことだ。

胸を張ってこう言えるから、とてもうれしく思う。

13 私たちが書いていることは、あなたがたが読んで理解できないことではない。

それを完全に理解してくれるように願う。

14 すでに私たちを理解してくれているように、私たちを誇れることを理解してればと願う。

王・イエスが戻る日に私たちがあなたがたを誇るように。

15 マケドニヤ州へ向かう途中、最初にコリント教会を訪問しようと決めたのは、それほどみんなのことを誇りに思っているからだと以前言っただろう。

そして、あなたがたを二度祝福できる!

16 旅の帰りにも立ち寄り、あなたがたに見送られてユダヤ地方へ行くというルートのはずだった。

17 では、なぜ計画を変更したのか、と尋ねるかもしれない。

その決心が、まだ固まっていなかったからだろうか?

それとも、私も世間の人のように、ほんとうは“いいえ”のつもりで“はい”と言ったりしたのだろうか?

18 我々がそんな人間でないことは、神の真実さと同様に確かに示した。

我々の“はい”は、ほんとうに“はい”なのだ。

19 混血のテモテとシルワノと私は、神の一人子ひとりご、イエス・救世主キリストについて語ってきた。

この方は、“いいえ”を意味して“はい”と言う方ではない。

イエスに二言はないのだ。

20 神のあらゆる約束に“はい”と言い、ことごとく実行するのは、この救世主キリストだ。

だからこそ、救世主キリストの名によって神の栄光に“まさにアーメン”と言っているのだ。

21 そして、私たちを救世主キリストのために強く立たせるのは、神なのだ。

また、神の計画のために、私たちを選んだのも神なのだ。そして救世主キリストに与えたのと同じ神の霊ホーリースピリットによって祝福してくれたのだ。

22 神のものとなった証拠の印を押してくれた。私たちの心に神の霊ホーリースピリットを入れることで。

そう、これが私たちへの永遠の命エターナルライフを保証する、神からの最初の贈り物だ。

23 この神に証人となってもらい、少しの偽りもない真実を述べよう。私がまだ、あなたがたを訪問しないでいるのは、きびしくしかりつけて傷を深くしたくなかったからだ。

24 勘違いはしないでおくれ。みんなの信心を操ろうってわけではない。

あなたがたの信心は強い。ただ、みんなの喜びのためにともに働くってことさ。

がっかりではなく楽しい再会

1 私は、「コリント教会を落ち込ませるような訪問は、二度とすまい」と、自分に言い聞かせた。

2 あなたたちを落ち込ませて、私はどう楽しむ?

私の楽しみはあなたたちだけだというのに、落ち込ませてどうなる。

3 前に手紙を送ったのは、私が訪問する前に、あなたがたの手で、事を処理してもらいたかったからだ。

そうすれば、会うのを心待ちにしていたみんなにがっかりしないですむ。

共に楽しい時間を過ごしたいじゃあないか!

4 どんなにつらい思いであの手紙を書き記したことか!

胸も張り裂けんばかりの思いで、正直なところ、泣いてしまったのだ。

傷つけるつもりなどさらさらない。あなたがたをどれほど愛しているか、また、みんなの間で起こった問題をどんなに心にかけているか、ぜひ知ってもらいたかったのだ。

過ちを犯した人を赦す

5 あの手紙に書いた人は、私よりも、あなたがた教会全体を悲しませた。

大げさにとらえてほしいわけではないが、誰にしろ、なんらかのかたちである程度は気落ちしただろう。

6 私はその人に対し、必要以上にきびしい態度をとりたくない。彼は、みんなから責められ、もう十分な罰を受けたからだ。

7 今はむしろ、ゆるし、強めてやりなさい。

そうしないと、あまりの悲しみと絶望に打ちひしがれて、立ち直れなくなるかもしれない。

8 だから、みんなが今もってどんなに深くその人を愛しているか、どうぞ示してやってくれ。

9 私の手紙は、あなたがたが、どのくらい私の指示に従ってくれるかを、確かめるためのものだった。

10 あなたがたがゆるす人なら、私もゆるそう。

私がゆるさなければならないことがあるなら、それはあなたがたと平和を保ち、救世主キリストを喜ばせるためだ。

11 悪魔から何も奪われないようにこうした。

悪魔の手口をよく知っているからだ。

最高な知らせゴスペルの香り

12 さて、私がエーゲ海の港町トロアスまで行った時、イエス様は最高の知らせゴスペルを宣べ伝える、絶好の機会を与えてくれた。

13 ところが、そこでは、同志テトスに会えなかったので、彼がどこにいるのか、その身に何か起こったのではないかと、気がかりでしょうがなかった。

そんなわけで、何とかしてテトスに会おうと、別れを告げ、まっすぐマケドニヤ州に向かったのだ。

14 しかし、神に感謝だ!救世主キリストに属すがゆえに、私たちをその勝利の行進に加えてくれた。

そして、かぐわしい香水のように救世主キリストについての最高の知らせゴスペルを、私たちをとおして広めてくれているのだ。

15 神に関するかぎり、私たちの生活には、すばらしい、かぐわしい香りが漂っている。

それは、私たちのうちにある救世主キリストの香りであって、まわりの救われている人にも、救われていない人にも、1つの香りなのだ。

16 救われていない人にとっては、私たちは死と滅びの恐れに満ちた香りのように思われる。だが、イエスと関係を築いている人たちにとっては、生命いのちを与える香りなのだ。

しかし、このような任務にふさわしい者とは、いったいどんな人だ?

17 それはただ、私たちのように、神から遣わされて、真心から語る者、救世主キリストの力によって、神の前で語る者だけである。

私たちは、イエスの信者クリスチャンもどきがするように、都合よく最高な知らせゴスペルを曲げて、売り歩くようなことは絶対にしない。

神の新たな条約に仕える者

1 私は今、詐欺師のまねをして自己推薦を始めているのだろうか?

みなさんの身近にいる詐欺師たちは、自分で自分を推薦したり、みなさん宛ての長い推薦状を持って行ったりしなければならないような人たちだ。

しかし私は、だれからも推薦状を書いてもらう必要などないし、あなたがたからの推薦状も必要ではない。

2 あなたがた自身が、私たちの心に刻まれた推薦状だからだ。

あなたがたの心の目覚ましい変わりようを見れば、私たちの良い働きは誰からも一目瞭然だからだ!

3 私たちが書いた手紙が、救世主キリストからのものであることは誰にでもわかる。

それは、ペンとインクで書かれたのではなく、生きている神の霊ホーリースピリットによって書かれたものだ!

石板にではなく、人の心に刻み込まれた手紙なのだ。

4 これを神の前に立証してくれているのが救世主キリストだからこそ、確信を持っている。

5 自力で良い働きができると言っているわけじゃあない。

私たちの力も成功も、ただ神から来るのだ。

6 神が人類と交わした新たな条約に仕える者としてくれたのだ。

掟の条約ではなく、神の霊ホーリースピリットの条約だ。

記された掟は死をもたらすが、神の霊ホーリースピリット生命いのちをもたらす。

新たな条約には永遠の栄光

7 だが、死に通じる古い掟も、初めは輝かしい栄光をおびていた。

その栄光のまばゆさに、神の国イスラエルの人たちは、モーセの顔をまともに見れないほどだった。

従うべき神の掟を示した時のモーセの顔は、神の栄光そのもので光り輝いていたからだ。

だが、その輝きは、やがて消え去る運命にあった。

8 とすれば、神の霊ホーリースピリット生命いのちを与えてくれる今、はるかにすばらしい栄光を、期待できるのは当たり前ではないか。

9 死に通じる計画にも栄光があったのなら、人を神との正しい関係に導く計画には、なおさら、栄光が満ちあふれる!

10 事実、モーセの顔の最初の栄光は、救世主キリスト・イエスによってもたらされた神との新しい条約の圧倒的な栄光に比べたら、取るに足りない。

11 もし消え去ってゆく古い方法にも、天の栄光が満ちていたとすれば、私たちの救いのために立てられた神の新しい計画には、はるかにまさった栄光だ。

永遠の栄光だからだ。

12 この新しい栄光は、決して廃れないと確信しているからこそ、私たちは大胆に語れるのだ!

13 そして、モーセがしたように、古い方法による神への仕え方が終わりに近づいている様子をイスラエルの人たちから隠すため、顔に覆いをかけたりする必要がない。

14 覆いがかけられたのは、モーセの顔だけではない。神の国イスラエルの人たちの思いや、理解力も、覆われたのだ。

今でも、聖書が朗読される時、ユダヤ人の心と思いには、厚い覆いがかかっているかのようだ。聖書のほんとうの意味を知ることも、理解することもできないからだ。

この覆いは、救世主キリストを信じてはじめて、取り除かれる。

15 確かに、今日でも、彼らがモーセの書を朗読する時、その心には覆いがかかったままだ。

それで、十戒じっかいに従うことこそ救われる道だ、と考えているのだ―― 【1日だけでも、ユダヤ人がみな掟に従うのなら、救世主キリストが現れると考えていた】

16 聖書にもその覆を取り除くカギは書かれている。それはモーセ自身にも起きたこと。

モーセがおのれを神様に向けたときに取り除かれたのだ。と記されている。

17 そしてその神様とは神の霊ホーリースピリットであり、それがいるところには自由がある―― 【自由:混乱からの自由。神からの計画を理解する自由。そして良い方向に変わり始める自由】

それは、神の掟を守って救われようとすることからの解放だ。

18 だから、私たちイエスの信者クリスチャンには、顔の覆いがない。

イエスが神の性質を示し、彼を想うことによって、私たちが変わっていく。

そして、神の霊ホーリースピリットがうちで働いてくれるにつれて、私たちはますますイエス様に似た者となるのだ。

信じているがゆえに死んでも語る

1 最高な知らせゴスペルを伝える任務に命名されたのは、神からの恵みだ。

だからあきらめずに伝えているのだ!

2 信じさせるために、あれこれたくらむようなまねはしない。

だましたりはしたくないのだ。イエスについての最高の知らせゴスペルの純粋な教えを都合よく解釈することも決してしない。

そのような恥ずかしい方法は、絶対に用いない。語る時には、神の前に立って真実を語る。私たちを知っている人はみな、このことを認めてくれるはずだ。

3 私たちが宣べ伝える最高な知らせゴスペルは隠されていないが、人生の目的を知らない迷子には、これが真理だということが見えていない。

4 それは、この邪悪な世の王である悪魔王サタンのしわざだ。

目隠しをし、その人の上に輝いている最高の知らせゴスペルと栄光を、見えないようにする。

また、まことの神、救世主キリストの栄光に関する、私たちのすばらしい証言を、理解できないようにしているのだ。

5 私たちは、自分のことを宣伝しない。

私たちが人に伝えるのは、イエス・救世主キリストがすべてを統べる王であり、

私たちがイエスのために、あなたに人生をささげて仕えているということだけだ。

6 「闇より光よ輝け」―― 【聖書:創世記1:3より引用】

と言った神が、私たちの心より光を輝かすことで、神の栄光は、イエス・救世主キリストの顔に見られることを悟らせてくれた。

7 しかし、いま私たちのうちに輝いている光と力であるすばらしい財宝は、こわれやすい器である私たちの弱い体の中にある。

それはこの財宝が、あからさまに弱い人間のものではなく、神のものだと分かるようにするためだ。

8 私たちは四方八方から苦しめられ、圧迫されるが、押しつぶされ、打ちのめされることはない。

「どうしてこんなことが・・・」

と途方にくれるようなことが起きても、絶望して投げ出したりはしない。

9 迫害されるが、神は見捨てはしない。

時には打ち倒されるが、滅んではいない。

10 この体は、かつてのイエスがそうであったように、いつも死の一線にいる。

だから、私たちを安全に守ってくれる方は、うちに生きておられるイエスだけであることが、だれの目にも明らかになるのだ。

11 私たちは生きているが、イエスに従うことで死と隣り合わせ。しかし、イエスと同じ道をたどることで、私たちの死に様すらイエスを示す!

しかし、そのことでかえって、死ぬべき私たちの体によって、イエスの力を明らかに示す機会が、常に与えられているのだ。

12 私たちは、最高の知らせゴスペルを宣べ伝えているために、死に直面している。

でもその結果、あなたがたに永遠のいのちエターナルライフが与えられるのだ。

13 聖書にこうある。

「𝄞私は信じている。それゆえに語る」―― 【聖書:詩篇116:10より引用】

私たちの中にも、このような確信をみなぎらせる神の霊ホーリースピリットがいる。

だから私たちも、死んでも語る。

14 王・イエスを死から復活させてくれた神が、私たちをもイエスと共に復活させ、みんなといっしょに神の前に立たせてくれることを、信じている。

15 こんな苦しみをなめているのも、あなたがたのためを思うからだ。

イエスに導かれる人が増えれば増えるほど、その大きな恵みに対する感謝と称賛が神に集まるのだ。

見えないものは永遠

16 だから、私たちは決して落胆しない。肉体はしだいにおとろえるが、うちにある力は日ごとに強くなってゆく。

17 今の私たちの試練は、永遠の栄光と比べれば、束の間であり、取るに足りないものだ。

また、この試練が永遠の財産を増し加えてくれている。

18 だから私たちは、いま見えるもの、すなわち、身の回りの苦しみには目をとめない。むしろ、今は見えない天にある財宝を望み見るのだ。

見えるものは、はかなく消え、見えないものは永遠に続く!

地上の体と天国の体

1 私たちがいま住んでいる、天幕の家が取りこわされる、つまり、私たちが死んでこの肉体を離れると、天にある新しい体、永遠に保証された家が贈呈ぞうていされる。

それは、人の手ではなく、神の手でつくられた家だ。

2 今のこの体には、もう飽き飽きしている。だからこそ、天国の体をまるで新しい着物のようにまとえる日を、首を長くして待っているのだ。

3 新たな着物のように着るので、魂だけになることはない。

4 この地上の体のために、嘆きやうめきがあるが、だからといって、死んで、体のない状態になりたいとは思わない。

その新しい体にもぐり込みたいと願うばかり。

そうすれば、この死ぬべき体が、言わば、永遠のいのちエターナルライフに呑み込まれてしまうからだ。

5 これこそ、神が私たちのために用意してくれたことであり、その保証として、神の霊ホーリースピリットを遣わしてくれた。

6 いま私たちは、確信をもって、天国の体を待ちこがれている。

また、このように地上の体で過ごしている間は、イエスと共に過ごす、天国の永遠の家から離れていることも、よく知っている。

7 実際に見ることによってではなく、信じることによって、これを事実と認めている。

8 だから、少しも恐れない。むしろ、死ぬことは願わしい。それは、天の家に行ってイエス様と共に永遠に住むことを意味するのだから。

9 そういうわけで、地上でこの肉体でいようと、肉体を離れてイエス様と共に天にいようと、私たちの目的は、何をするにも、いつもイエス様に喜ばれることだ。

10 なぜなら、やがて私たちはみな、救世主キリストの前で、裁きを受けなければならず、全生活がさらけ出されることになるからだ。

善であれ悪であれ、地上の体でいる時の行ないに応じて、私たちはそれぞれ、ふさわしい報いを受ける。

人を助ける者は神の友

11 だから、私たちの心には、いつもイエス様に対する厳粛げんしゅくな思いがある。

それで、ほかの人たちを説得しようと、やっきになっているのだ。

それが純粋な気持ちから出ていることを、神は知っている。

だから、みんなにも、このことをはっきり知ってもらいたいと心から願っているのだ。

12 またもや、私たちが自己推薦を始めたと思うか?

そうじゃあない。

ただ、あなたがたに手ごろな武器を与えようとしているのだ。

この武器があれば、外見のりっぱさと説教のうまさとを誇りながら、その実、心の中は偽りと不誠実で満ちている説教者に対抗できる。

少なくともあなたがたは、私たちの動機が正しく、しかも誠実である点を誇ることができる。

13 自分をこのように言うとは、気が狂っているのかと思うかもしれない。

もし気が狂っているとすれば、それは神の栄光のためだ。

もし正気であるなら、あなたがたのためだ。

14 私たちは自分の利益のためではなく、救世主キリストの愛につき動かされている。

救世主キリストが全人類のために死んでくれたことを信じる以上、我欲に従った自己中な人間のさがも死んだ。

15 イエスは死ぬことで、「人間が自分のために生きる」のを辞められる力を与えた。

そして、復活することで「イエスのために生きられる」力を与えた。

16 だから、世間の評判や、外見の良し悪しで、イエスの信者クリスチャンを評価するのはやめろ。

以前私は、その誤った考え方で、救世主キリストのことを単に自分と同じ人間とみなしていた。しかし今では、その考えは一変した。

17 だれでも、イエスの信者クリスチャンになると、神によってその世界が新しくされる。今までの世界観はなくなり、新しいものを得る。

18 この新しい出来事はすべて神から出ている。

神は、イエス・救世主キリストの働きによって、私たちを自分のもとに連れ戻してくれた。

そして、この恵みによる神との和解を、すべての人に勧める特権をも、私たちに与えてくれた。

19 つまり、神は救世主キリストをとおして、世の人間と平和を結んだ。

神に反した過ちを犯したすべての人間に“ゆるし”をオファーした。

そしてこの平和の最高な知らせゴスペルを広めるようにと、伝言が託された。

20 私たちは救世主キリストの大使である。

神が、私たちの口から語りかける。

あたかも、救世主キリストがここで懇願こんがんしているかのように頼む。

どうか、せっかく差し出された愛を拒まず、神と和解してくれ。

21 というのは、神は、過ちのない救世主キリストに私たちの過ちを背負わせ、それと引き換えに、私たちに恵みを注いでくれたからだ。

神の使者は生き様で示す

1 私たちは、神と共に働く者として、お願いする。

自分自身が神の恵みによって変わらないことによって、その最高な知らせゴスペルを受け取ったことを無駄にしないでくれ。

2 神はこう言った。

「正しい時にあなたの願いを聞きいれ、

救いの日にあなたを助けた」―― 【聖書:イザヤ書49:8より引用】

この“正しい時”は今日であり、“救いの日”は今日である!

3 私たちの働きにあらがないように、細心の注意をはらっている。

私たちの動機を疑われたくないからだ。

4 事実、あらゆる点で、自分が本当に神に仕える者であることを示そうと努めている。

次から次へと襲ってくる悩み、苦しみ、困難にも、根気強く耐えている。

5 むちで打たれたことも、投獄されたことも、怒り狂う暴徒に取り囲まれたこともあった。

ある時は力尽きるまで働き、ある時は一睡もせずに夜を明かし、また食べる物のない日もあった。

6 私たちは、神の使者であることを生き様で示さなければならない。

その生き様とは汚れなき生活、最高な知らせゴスペルへの理解、辛抱強さと親切心。

神の霊ホーリースピリットに与えられる真心からの愛、 7 最高な知らせゴスペルを語り、神の力に頼りきることで示すのだ。

このように、正しい生き方を心がける事で、どんな非難の攻撃からも身を護る、防壁を築いてきたのだ。

8 人に尊敬されようと軽べつされようと、あるいは非難されようと賞賛されようと、イエスへの忠誠心に支障をもたらすつもりは毛頭ない。

人からはうそつきと呼ばれようと、私たちは変わらず真理を語り続ける。

9 この世から無視されても、私たちは神に認められている。

死に直面しながら生きていても、こんなに生き生きしている。

罰せられ、傷つけられたこともあるが、死をまぬがれてきた。

10 悲しい出来事は起き続けているが、我々は神に感謝し喜び続ける。

貧しくても、ふんだんに神の霊ホーリースピリットの贈り物を送っている。

何も持たずとも、あらゆるものに満たされている。

11 愛するコリント教会のみんな。

私たちはあなたがたに心を開き、心にあることをみな打ち明けた。

12 今なお私たちの間に冷たいものがあるとしても、私に愛が欠けているせいではない。

あなたがたの愛があまりにも少なくて、私まで届かないのだ。

13 私は実の子どもに対するように、みんなに話しているのだ。

私たちが心を開いたように、心を開いてくれ。

神と悪魔の価値観は共感できない

14 イエスに従う以上、世の中の人間とは、当然価値観が違う。

だから、あなたの心の居場所を世の人間に置き、その価値観に流されてはならない。

善であるイエスに従う人間と、悪である悪魔に従う人間の価値観をどうやって共有する?

不可能だ。光と闇は共存できない!

15 救世主キリストと悪魔が共感できることなどない。

であれば、イエスに従う者とそうでない者がどうして同志となれよう?

16 神殿と偶像を混同することはできない。

そう、私たちこそが生ける神が住む神殿なのだ。

神はこう言った。

「わたしは彼らと生き、

彼らと歩む。

わたしは彼らの神となり、

彼らはわたしの民となる」―― 【聖書:レビ記26:11-12より引用】

17 「それゆえ、神様はこう言った。

彼らから立ち去り、縁を切れ。

汚れに染まらなければ、

あなたを迎え入れよう」―― 【聖書:イザヤ書52:11より引用】

18 「あなたの父となり、あなたはわたしの息子、娘となる。

全知全能の王である神がこう言うのだ」―― 【聖書:第2サムエル書7:8, 14より引用】

神に捧げきる純白な人生

1 愛する友よ。

私たちは、このようにすばらしい約束を与えられているのだから、肉体と魂を汚すいっさいの過ちときっぱり縁を切り、純白な生活を送るべきだ。

神を敬えば、敬うほど、神に捧げきった人生を歩みたいと思うものだ。

神が励ましてくださる

2 どうか、もう一度心を開いてくれ。だれ1人、私たちから害を受けた人はいないはずだ。

また、惑わされた人もいない。私たちがだましたことも、人をうまく利用したこともない。

3 あなたがたをしかったり、責めたりするつもりで、こう言うわけではない。

前にも言ったように、私はいつも心の中でみんなのことを思い、みんなと生死を共にしているのだ。

4 みんなには何でも話せるほど信頼しているし、たいへん誇りに思っている。

みんなのおかげで大いに勇気づけられたんだ。さまざまな災難の中でも、いつも幸せだった。

5 マケドニヤ州に着いた時、私たちは、少しも油断できなかった。

外側には四方八方に困難が立ちふさがり、内側は恐れと不安でいっぱいだった。

6 そんな時、意気消沈いきしょうちんしている者を励ます、情け深い神は、テトスの到着によって、元気づけてくれた。

7 また、テトスの到着もさることながら、彼がみんなのところですばらしい時を過ごしたと聞いて、とってもうれしかった!

みんなが、どんなに私の訪問を待ちこがれているか、この前の事件でどんなに嘆き悲しんでいるか、また、どんなに私に忠実であり、心から愛してくれているかを、彼が報告してくれた。

それを聞いて、私は心から喜んだ。

8 あの手紙を書き送ったことを、もう後悔してはいない。

実は、あれが、あなたがたをどんなに苦しめたかを知って、一時はとても後悔した。

けれども、みんなを苦しめたのは、つかの間にすぎなかった。

9 今では、あの手紙を送ってよかった、と思っている。

悲しませたからではなく、その悲しみをきっかけにみんなが変わる決断にいたったからだ。

それは、神が望んだ結果だ。もうこれで、そちらに行ってきびしく叱らないですむ。

10 良い悲しみをきっかけに人が改心するなら神は大満足だ。

良い意味で悲しんだおかげで、神に近づき、永遠に救われるのなら後悔はない。

しかし、世がもたらす悲しみ、つまり、人生をあきらめるような悲しみは死をもたらす。

11 イエスが与えたこの悲しみは、どんなにあなたがたの益となったか。

みんなはそこで絶望せず、かえって、私が手紙で指摘した過ちを取り除こうと、真剣に、誠意をもって、熱心にとりくんだ。

あんな出来事が起こったことに恐れをいだき、私の来訪と助けとを心から願うことになった。

真正面からこの問題に取り組み、過ちを犯した者をしっかり処理し、問題を解決した。

事態を正しく処理するために、みんなはできる限りのことをしたのだ。

12 あの手紙は、みんなが、どんなに私たちのことを心にかけていてくれるか、神の前で明らかにするために書いた。

実は、これこそ、例の過ちの張本人や被害者である父親を助けること以上に、私が願ったことなのだ。

13 こうして、みんなの愛を知り、私たちは大いに勇気づけられた。

その上、テトスの喜びが加わって、喜びは倍増だ。

みんながテトスをあたたかく迎え入れ、もてなしてくれたおかげだ。

14 テトスが出発する前に、みんなのことを誇りに思っていると彼に話しておいたが、よくぞ信頼にこたえてくれた。もちろん、私は真実を語ったわけだが、テトスに誇ったことも、うそではなかったと証明したのはあなたがただ。

15 テトスは、みんなが彼のことばに喜んで耳を傾け、非常な心づかいと深い関心をもって受け入れてくれたことを思い出しては、今まで以上に、みんなへの愛を深めている。

16 みんなを完全に信頼できるので、とても嬉しく思うよ。

助けるためなら快く捧げる教会

1 さて兄弟たち、神の恵みがマケドニヤ州の教会にどれだけのものをもたらしたか、お伝えしたい。

2 多くの試練や困難の真っ只中にあったマケドニヤ州のすべての教会が、ひどい貧しさにもかかわらず、喜びに満ち、その結果、惜しみなく、あふれるほど他の人たちを助け、施すようになった。

3 マケドニヤ州にあるすべての教会が持っている以上にささげた。

誓ってもいい、私が推したからではなく、彼らが進んでそうしたのだ。

4 「ユダヤ地方のイエスの信者クリスチャンを援助できるなんて光栄だ。ぜひその献金の仲間に入れてください」と、熱心そのものだった。

5 彼らは期待をはるかに超えた方法で捧げた。

まず、イエス様と我々に自分自身を捧げてから、お金を捧げたからだ。

つまり、神が私たちを通して、どんなことをお命じになっても、それに従うためにだ。

6 そこで、コリント教会にも、この献金という特務の一部となり、それを全うする機会を与えようと、この件をテトスにゆだねた。テトスのおかげでコリント教会はこの特務の一部となれる。

7 あなたたちはすべてにおいて豊かだ。

信心、コミュニケーションスキル、知性、我々から学んだ愛からどんな形であれ進んで力となる心。

そこで今、与える働きにおいても豊かになってもらいたい。

8 他の人に与えるようにと命令しているわけではない。

ただ、快く助ける姿勢が整っていた他の教会と比べることで、コリント教会の愛が、どれほどのものか知れるきっかけにはなるだろう。

9 あなたがたは我らの王なるイエス・救世主キリストが、どんなに愛と恵みに満ちていたかを知っている。

あれほど裕福だった王が、みんなを助けるために、あれほど貧しくなった。

貧しくなることで、みんなを富ませるために。

10 1年前に始めたことを、この際、やり遂げてみたらどうだ。

この献金を最初に申し出たのも、最初に実行に移したのも、あなたがたなのだから。

11 あなたがたが始めた計画を、あなたがたの手で全うするのだ。

そうすれば、あなたの“助けたい”と言って始めた計画は、“助けた”へと変わる。

持っているものの中から捧げるんだ。

12 ささげる熱意がほんとうにあるなら、いくらささげるべきかは、問題ではない。

神は、持っていないものまで、ささげるようにとは言わない。

13 献金を受ける人たちが、あなたがたの犠牲によって楽をするのは当然だと、言っているのではない。

14 両者が分け合うべきだと言っているのだ。

現在あなたがたは裕福なので、彼らを援助できる。

そして、今度いつかみんなに助けが必要な時は、彼らが助けてくれるだろう。

こうして、互いに、必要なものを受け取るのだ。

15 このことについて、聖書に何と書いてあるか覚えているか。

「多く集めた者も余ることがなく、

少ししか集めなかった者も足りないことがなかった」―― 【聖書:出エジプト記16:18より引用】

こうあるのだから、困っている人たちと分け合うのだ。

テトスと使命

16 テトスも私と同じように、心からみんなのことを思っている。

テトスをこのような気持ちにさせてくれた神に感謝する。

17 彼は私の勧めに喜んで従い、もう一度みんなのところへ行こうとしている。

もっとも、私が勧めなくても、彼は行くことにしただろう。

心から、みんなに会いたがっているのだから。

18 もう1人の、よく知られている友人を同行させる。

この人は、最高の知らせゴスペルを宣べ伝える者として、どこの教会でも大いに賞賛されている人だ。

19 その上、私と共にユダヤ地方の神殿のみやこエルサレムに献金を届ける役目に、すべての教会から選抜された人でもある。

この働きは、イエス様の栄光を現わし、また、互いに助け合おうとする、私たちの熱意を示すものだ。

20 このように同行者を連れて行くのは、だれにも、疑いをさしはさむ余地を与えないためだ。

この多額の献金の取り扱いについては、1点の非難も受けてはならないと、気を配っているのだ。

21 私たちの公平さを、神は知っているが、それが他のすべての人にも明らかになってほしいので、このように取り計らった。

22 また、もう1人の友人にも行ってもらう。実に多くの点で、この人が熱心なイエスの信者クリスチャンだとわかる。

あなたがたが献金に熱心であることを話したところ、彼は特別関心を持った様子で、今度の旅行を心待ちにしている。

23 もしだれかにテトスのことを聞かれたら、みんなのために働く私の協力者だと答えてくれ。また、ほかの2人の友人については、手伝ってくれている全ての教会の代表で、イエスの信者クリスチャンのすばらしい模範だ、と言ってもらいたい。

24 あなたのうちに愛が輝いていること、また私たちがあなたを誇った理由をこの人たちに示してくれ。

そうすれば、すべての教会があなたがたの素晴らしい愛から学ぶことができる。

与えることの素晴らしさ

1 神の民を援助することについては、とやかく言うつもりはない。

2 あなたがたなら、援助すると知っているからだ。

1年も前から献金を送る準備を始めているあなたがたを、マケドニヤ州の教会に誇ってきた。

また、そんなあなたがたに感化され、アカヤ地方のコリントにあるほとんどの教会が援助することを決めた。

3 しかし、ここにいる同志たちをそちらに送ることにした。

私があなたがたについて誇ってきたとおり、あなたがたが献金を集めて援助する準備ができているか確認するためだ。誇ってきたことが無駄になっていないことを願う。

4 もしマケドニヤ州の人たちが私といっしょに行って、みんなが、まだ準備していないのを見たら、どうだろう。あれだけ信じきっていた私は、赤恥をかくことになるだろう。

そしてもちろん、みんなも、恥をかくことになるだろう。

5 そこで、みんなが約束した寛大な贈り物の準備が、整っているかどうかを確かめるため、先にこの同志たちを送る。

そうすれば、私たちが着くころには、強いられたからではなく、祝福として受け取ることができる。あなたがたの手によって整えられた贈り物だからだ。

6 しかし、次のことは心にとめておいてもらいたい。つまり、少ししか与えない者は、少ししかもらえないということだ。少ししか種を蒔かない農夫は、わずかの収穫しかあげられない。たくさん蒔けば、たくさん刈り取る。

7 いくらささげたらよいかは、各自が決めるべきだ。自分はこれだけささげようと思っている人に、もっとたくさんささげるように強制してはいけない。神にとって大事なのは、喜んで与えるかどうかだ。

8 神は、必要なものは何でもあり余るほど与えて、不足がないようにしてくれる。それで、必要が満たされたあと、なお十分な余裕があるので、他の人に喜んで分けることができるのだ。

9 聖書にこうあるとおり。

「𝄞神を敬う人は、貧しい人たちに惜しみなく与える。

その良い行ないは、永遠に名誉となる」―― 【聖書:詩篇112:9より引用】

10 農夫にまく種を与え、そのあとに、食べるための収穫物をふんだんに与えてくれる神は、あなたがたにも、まく種をもっとたくさん与えてくれ、それをふやしてくれる。

すると、あなたがたはその収穫の実をもっともっとたくさん、人に与えることができるのだ。

11 そう。神からたっぷりもらったみんなは、人にもたくさん贈ることができるのだ。

そして、私たちが、その贈り物を必要としている人たちに届ける時、そこには感謝が満ちあふれ、みんなの援助ゆえに神への賛美がわき上がるのだ。

12 そういうわけで、その贈り物は、2つのすばらしい結果を生み出す。

すなわち、困っている人が助けられること、

そして、彼らの神に対する感謝の念が満ちあふれることだ。

13 援助を受けた人たちは、自分たちや他の人たちに対する気前のよい贈り物に大喜びするだけでなく、みんなが教えに忠実に行動している証拠を見て、神をあがめることだろう。

14 また、みんなを通して神のすばらしい恵みを知り、熱心に真心から、みんなのために祈るようになるだろう。

15 神が恵んでくれた一人子ひとりごという、言い表わせないほどすばらしい贈り物を感謝しよう!

パウロの武器

1 このパウロが、救世主キリストの態度にならって、おだやかにお願いする。

コリント教会の中にこんなことを言っている人がいるらしいな。

「パウロは遠く離れていると、ずいぶん強気だが、面と向かうと何も言えなくなる」

2 彼らは、私たちが世の中と同じような動機をもって働いていると勘違いしている。

そんな勘違いは、当然大胆に叱ろうと思っているが、みんなに同じ大胆さを発揮しないですむことを願っている。

3 私たちはまだこの世にいるが、この世のような戦い方はしない。

4 私たちは人間の武器ではなく、神がかった武器を使って、悪魔の要塞ようさいを打ち破る。人間の議論を打ち破り、 5 神と人の間に立って邪魔をする高慢な意見を木っ端微塵にする。この武器を用いて、私は、反抗する者を捕虜ほりょとして神に連れ戻し、改心させ、救世主キリストに従わせる。

6 権威に逆らう人に矛先ほこさきは向けてある。しかし、その前にまず、あなたがたが完全にイエスに従いきることだ。

7 みんなは私を、弱々しく無力な人間だと思っている。それが問題なのだ。

あなたが救世主キリストに属していると確信しているなら、私たちも同じように救世主キリストに属していると言う事実を思い出さなくてはならないのだ。

8 みんなに対する権力、それは人を助けるためのものであり、傷つけるためではない。それを必要以上に誇っているように見えるかもしれない。

しかし、それについては多少誇りすぎても、恥とはならないだろう。

9 こう言うのも、手紙での叱責しっせきが、ただの脅しと受け取られたくないからだ。

10 また、こう言う人もいる。

「パウロの手紙はきつすぎる割には、面と向かっては軟弱で、言ってることも大したことない」

11 こんな人たちに対してはそちらに行ったとき、手紙の文面どおり、きびしく接しよう。

12 人を見下す人間と同じ低劣な土俵に立ってはならない。

彼らと自分を比べてもならない。

人を見下す人間は、自分の経験という頼りない尺度を使って、比べ合う。

何もわかっていない証拠だ。

13 しかし私たちは、持ってもいない権威を誇るようなことはしない。

私たちの目標は、神が立ててくれた計画を実行することである。

それには、そちらでみんなのために働くことも含まれている。

14 私たちは、自分の身分もわきまえずに、権力をふり回しているわけではない。

救世主キリストについての最高な知らせゴスペルを、最初にみんなに伝えたのは、私たちなのだから。

15 私たちは、他の人の業績をあたかも自分のものだと誇らず、自分の働きのみを誇っている。

ただ、みんなが神へ抱く信頼が強まり、私たちの働きが大いに成長するよう、力になってもらいたい。

16 そして、さらに遠くの町、まだだれも働いていない町にまで、最高の知らせゴスペルを宣べ伝えることができるのだ。

そうすれば、だれかの活動領域を荒らしたというような問題は、起きないだろう。

17 「誇りたい者は、神様のしたことを誇れ。自分を誇るな」―― 【聖書:エレミヤ書9:24より引用】

と聖書にあるとおりだ。

18 自分を誇り、その業績を自慢する人は、つまらない人間だ。

しかし、イエス様の推薦すいせんを受ける人は、真に価値ある人間だ。

本物と偽物の使徒

1 私が愚か者のように話すのを、すでにこらえてはいるだろうが、もう少しこらえてくれ。

2 神の深い思いやりをもって、みんなのことを心にかけている。

ちょうど清純なおとめが、やがて夫となる人に愛をささげるように、みんなが、ただ救世主キリストだけをひたむきに愛するよう願っているのだ。

3 しかし、エバがエデンの園で悪魔王サタンに惑わされたように、救世主キリストに対する、きよい純真な献身の思いが消えてしまうのではないかと、心配でたまらない。

4 みんなときたら、どうもだまされやすくて・・・だれかが、私たちの伝えた真理とは違った理屈を伝えたり、みんなが受けた神の霊ホーリースピリットとは違う悪魔のスピリットを受け入れたり、みんなが救われたのとは違う救いの道を教えたりしようものなら、それを信じてしまうのだから。

5 けれども、そんな偉い自称“神の使者たち”が私よりすぐれているとは思わない。

6 たとえ口べたであっても、少なくとも、自分が話している内容は、よく知っている。

それは何度も証明してきたことなので、もうよくわかっていることだと思う。

7 みんなから何の報酬も受けずに、神の最高の知らせゴスペルを宣べ伝えたことは、まちがいだったのか?

そのために自分を安っぽく見せて、見下げられてしまったのか?

8 私は、あなたがたに仕えるため、他の教会からの金銭的な援助を受け入れた。

9 それが底をつき、食べる物に事欠いた時も、みんなにはいっさい要求しなかった。

マケドニヤ州のイエスの信者クリスチャンたちが、別の贈り物を持って来てくれたからだ。

みんなに、ただの一円も求めたことがない。これまでと同様、今後もそのつもりでいる。

10 このことは、あらん限りの真実にかけて、ギリシヤ州に住むすべての人に約束する。

11 なぜそうするのだろう?

みんなを愛していないからだとでも?

とんでもない。

どれほど愛していることか!神が全て知っている。

12 しかし、今のやり方を、これからも続けるつもりだ。私たちのように神に従っていると誇る人たちの根拠を、くつがえすために。

13 彼らは、決して神から遣わされた者ではない。

人をだまして、てっきり救世主キリストの使徒だと思い込ませるぺてん師だ。

14 しかし、今さら驚きもしない。悪魔王サタンでさえ、光の天使に変装できるのだ。

15 だから、悪魔王サタンの手下どもがまねして、謙虚に教会のために仕えたいという人になりすましたとしても、なんら驚くことはない。最後には、その悪事にふさわしい神の鉄槌てっついを、徹底的に受けるのだ。

パウロの痛み

16 もう一度お願いする。こんなことを言う私が、理性を失ったなどとは、思わないでくれ。

しかしまた、それならそれで、“理性を失った愚か者”のことばに、とにかく耳を傾けてくれ。

あの人たちみたいに、私も少しばかり誇ってみせよう。

17 こんな自慢話は、イエス様だったら絶対にしない。

私は、知恵のない愚か者のつもりなのだから。

18 自分の偉さをしきりに言いふらす、ほかの人のまねを、してみようじゃあないか。

19 利口さを誇るみんなが、よくも愚か者たちの言うことを快く聞いているな!

20 奴隷にされて、持ち物を奪われて、利用されて、いばられて、顔をひっぱたかれて、よく何もなかったかのように平気でいられるな。

21 口にするのも恥ずかしいことだが、私は弱くて、とてもそんなまねはできない。

しかし、彼らが誇るくらいのことは何でも、またもや愚か者に甘んじるが、何も難しいことではない。

22 彼らは、ヘブル人だと自慢しているようだが。私もヘブル人だ。

神の国イスラエルの民だと言うが、私もそうだ。

アブラハムの子孫か。私もそうだ。

23 彼らは、救世主キリストに仕えていると言うのか?

しかし、私はもっと仕えてきた。こんなに自慢をする私は、気でも狂ったのだろうか?

彼らよりずっと苦労し、彼らよりずっと働いてきた。

投獄されたこともかなりの回数に及ぶ。むち打たれたことは数えきれず、何度も何度も死に直面した。

24 ユダヤ人から、39回の恐ろしいむち打ちの刑を受けたことが5度ある。

25 それから、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、まる1日、海上を漂ったことが一度ある。

26 幾度も長く苦しい旅をし、川が反乱したり、強盗に襲われたり、同国人からも外国人からも非難と攻撃を浴び、何度も危険な目に会った。

町々では暴徒に取り囲まれ、荒野や嵐の海でやっとの思いで命びろいしたこともある。

イエスの信者クリスチャンだと自称しながら、実はそうでない人たちに苦しめられたこともある。

27 疲れ果て、苦しみ、たびたび眠れない夜を過ごした。

飢え渇き、食べ物もなく過ごしたことも、しょっちゅう。

また服もなく、寒さに震えていたことも。

28 こんなことのほかに、絶えず、他の教会がどうなるかという心配をかかえている。

29 倒れている人を見て、知らん顔ができるだろうか。

過ちへ誘惑され、傷ついた人を見て、胸が痛くならないだろうか。

30 しかし、もしどうしても誇る必要があるなら、私はむしろ、自分の“弱さ”を誇る。

31 王なるイエス・救世主キリストの父なる神、永遠にほめたたえられる方は、私が真実を語っているのを知っている。

32 1つ例をあげよう。シリア地方の都市ダマスコで、アレタ王の代官が、私をつかまえようと、町の門を厳重に見張っていた。

33 しかし私は、町の城壁の穴から、つなのついたかごでつり降ろされ、逃げることができたのだ。こうやって、私を捕えようとする、総督から逃げのびたのだ。

パウロの素晴らしい体験

1 こんな自慢話は全くばかげているが、もう少し我慢して聞いてくれ。

私の見た聖なる幻ビジョンと、イエス様から示されたことについてだ。

2 14年前、私は天に引き上げられた男の聖なる幻ビジョンをみた。私なのか、それとも誰かの魂を見ただけなのか、なんてことは、聞かないでくれ。私にはわからない。

3 答えられるのは、神のみ。

いずれにせよ、私は何者かが天国パラダイスに引き上げられて行くのを聖なる幻ビジョンを通して見た。

4 そこで、人間にはとうてい表現できない、驚くべきことを目撃し、また耳にした。

とにかく、その内容を人に話すことは、禁じられている。

5 こんな経験こそ、自慢するに値する。しかし、自慢しようとは思わない。ましてや私が聖なる幻ビジョンを通して見た者が私などとは言っているのではない。

私が誇ろうとしているのは、自分の弱さと、そして、こんなに弱い私を、ご自分の栄光のために使ってくれる、神の偉大さだけだ。

6 私には誇るべきことが、たくさんあるのだから、たとえ誇っても、真実を語っているのだから愚か者にはならないだろう。

しかし私は、私の行動やことばから見聞きする以上に、過大評価されたくないので、ここまでにしておこう。

7 この経験があまりにすばらしかったので、神は、私が高ぶってはいけないと心を配られた。それで、肉体に1つのとげを与えられたのだ。

それは、天狗にならないように、苦痛を与え、悩ますための悪魔王サタンの使いだ。

8 私は、もとどおりに回復させてくださいと、三度もイエス様にお願いした。

9 そのつど返ってくる答えは、こうだった。

「わたしがあなたと共にいる。それで十分ではないか。わたしの力は弱い人にこそ、最もよく現われるのだから」

だから自分の弱さを喜んで誇っている!力や才能を見せびらかすのではなく、喜んで救世主キリストの力の生き証人になりたいからだ。

10 すべては救世主キリストのためであることを知っているので、その“とげ”も、侮辱も、苦しみも、迫害も、困難も、大いに喜んでいる。

なぜなら、弱い時にこそ、私は強いからだ。無力であればあるほど、それだけしっかりと、救世主キリストによりすがるようになるからだ。

コリント教会へのパウロの愛

11 結局、私を、自慢ばかりする愚か者にしてしまったね。

本当は、こんなに自分のことについて私に書かせるべきではなく、あなたが書くべきだというのに。

たとえ私が全く価値のない者であるとしても、あなたの素晴らしい師である、使徒たちと比べて、劣る点は何1つない。

12 私はみんなのところで、根気強く、神から遣わされた使徒である証拠を示したではないか!しるしに神秘、キセキといった神の力を見せたよな。

13 私がほかのどの教会の場合とも違って、みんなにはしなかったことが、1つだけある。

それは、負担をかけなかったことだ。食物や住む場所のことで、何1つやっかいになっていない。

この不公平については、どうかゆるしてくれ。

14 今、私はみんなのところに行こうと、三度目の計画を立てている。

今度も、みんなには負担をかけないつもりだ。

私がほしいのは、お金ではなく、みんな自身だからだ。

いずれにしても、みんなは私の子どもだ。

小さな子どもは親を食べさせる必要はない。

その逆だ。親が子どもを食べさせるのだ。

15 そこで、私はあなたがたのためなら喜んでなんでも差し出そう。それが自分自身であったとしても。しかし、私が愛せば愛すほど、あなたがたは私を遠ざけるのか?

16 コリント教会にこう言っている人がいる。

「確かに、パウロは来ても、何の負担もかけなかったように見える。だが、あいつは卑劣ひきょうなやつだから、きっと陰で、うまいこと金をまきあげていたに違いない」

17 どうして、そんなことができる?

私が行かせた人たちのうちで、誰か、みんなを利用した人がいたか。

18 私はテトスに港のみやこコリント行きを勧め、また、ほかの友人を同行させた。

彼らがみんなをだまして、何かもうけ仕事をしたか?

もちろん、そんなことはしなかった。私たちは、同じ神の魂ホリースピリットをもらい、同じ歩調で歩き、同じ方法で行動しているのだから。

19 よく思われたいばかりに、こう書くのだ、と思っていることだろう。

でもそれは、全くの見当違いだ。

神の前で、宣言しておく。

愛する友よ。私がこう書いてきたのは、みんなを助けるため、神への確信を強めさせるためであって、自分のためではない。

20 こう言うのは、そちらを訪問したとき、期待はずれの有様を見て、みんなの望まないような行動をとらざるをえない事態が生じてほしくないからだ。

もしかしたら、そちらでは、争い、ねたみ、怒り、横暴おうぼう、悪口、陰口、高慢な態度がいっぱいで、混乱を目の当たりにしなければよいが。

21 次あなたがたを訪問したときに、あまりにがっかりして神の前で悲しみ涙を流すのではないかと恐いのが本音だ。

そして、前々から過ちを犯していながら、その邪悪で汚れた行ない、好色、不道徳、他人の妻の横取りなどを全く気にもかけていない多くの者を見て、悲嘆ひたんにくれるのではないだろうか。

これが、ほんとうに心配なのだ。

最後の警告とあいさつ

1 みんなのところへ行こうとするのは、これで三度目だ。

聖書にはこうある。

「2人か3人に目撃された悪事は罰せられなければならない」―― 【聖書:申命記19:15より引用】

2 私は、前回の滞在中、前から過ちを犯していた人たちに、すでに警告しておいたはずだが、今また、彼らばかりか、あなたがた全員に警告する。

今度あったら、きびしく罰するつもりだ。容赦はしない。

3 みんなは、救世主キリストが本当に私を通して語っておられるかどうか、知りたいのだろうから、その証拠を示そう。

救世主キリストは、みなさんに弱い態度をとられるのではなく、みんなの内部で強大な力を発揮される。

4 救世主キリストの人間としての弱い体は、十字架上で死んだ。

しかし今や、救世主キリストは、神の偉大な力を受けて生きている。

私たちも救世主キリストのように弱い肉体を持っているが、

救世主キリストと同じように神の力によって天国の肉体を手に入れるのだ。

そして、みんなに対処するに十分な神の力を、もらっているのだ。

5 よくよく自分を吟味ぎんみするんだ。本当にイエスの信者クリスチャンだと言えるか。

イエスの信者クリスチャンとしてのテストに合格しているか。

自分の内に住むイエス・救世主キリストと、そのあふれる力とを、いよいよ強く実感しているか。それとも、事実とは裏腹に、ただイエスの信者クリスチャンのふりをしているだけか。

6 私たちはこのテストに合格し、確実にイエスのものとなっている。

これを自覚してほしいのだ。

7 みんなが正しい生活をするように祈っている。

それは、私たちの教えの正しさが証明され、いい立場がほしいからではない。

たとえ私たちは軽べつされようとも、みんなには、正しい行ないをしてもらいたいからだ。

8 私たちの務めは、いついかなる時にも、正しいことを勧めることであって、悪を望むことではない。

9 自分は弱くて軽べつされても、みんながほんとうに強くなってくれれば、うれしいのだ。

最大の願いと祈りは、みんなが一人前のイエスの信者クリスチャンになってくれることだ。

10 そちらに行ったとき、与えられた権力を使って叱ったり、罰則を与えないですみたいので、この手紙を先に送っておく。

私に託されているイエス様の権力を、みんなを罰するためにではなく、励まし力づけるために使いたいのだ。

11 教会かぞくよ、最後に。

喜びを手放さず、健康な教会を目指して問題を処理し、私の指示に従うんだ。

互いに一致を築き、平和に過ごすこと。

そうすれば、愛と平和の神が共にいてくれる。

12 神にあって、互いに親しみをこめてあいさつを交わすんだ。

こちらのイエスの信者クリスチャン全員が、心からよろしくと言っている。

13 王なるイエス・救世主キリストの恵みと、神の愛と、神の霊ホーリースピリットとの交わりを楽しめるように祈っている。

パウロより