コリント教会への手紙Ⅰ

1 神に選ばれ、イエス・救世主キリストの代弁者として使徒となったパウロと、同じ神の家族のソステネより

2 神の民として招かれ、イエス・救世主キリストによって神に受け入れられる者とされた、コリントにある神の教会のみなさん、および至る所で、王なるイエス・救世主キリストの名に希望を抱く全ての人たちへ。イエスこそ、そんな人たちの王であり、我らの王である。

3 私たちの父なる神と王たるイエス・救世主キリストの恵みと平安があらんことを。

コリント教会の恵まれた才

4 神がイエス・救世主キリストを通してみなさんに与えてくれた素晴らしい贈り物を思うと、感謝が止まない。

5 イエスをとおして神は、みなさんの全生活を豊かに恵んでくれた。

その中でもみなさんはコミュニケーション力や知識において特に恵まれた。

6 以前、我々が救世主キリストはきっとそうしてくれる、と話しておいたとおりになっただろう。

7 あなたがたに欠けている能力はあるだろうか?

とんでもない、我らの王たるイエス・救世主キリストが戻るまでに必要な能力はあなたに十二分に与えられている。

8 その命の日のかぎり、イエスとの関係の中でみなさんを強めてくれる。それは、イエス・救世主キリストが来る世界の終わりの日に、無罪を宣言できるためだ!

9 約束を破ることのない神が、一人息子、イエス・救世主キリストと人生をともにする者としてみなさんを選んだのだ!

派閥は作ってはならない

10 しかし、教会かぞくのみんな。私から王なるイエス・救世主キリストの名によってお願いする。教会の仲間と心をひとつにしてくれ。派閥など生むことが決してないように。

同じ方向性、同じ目的で結ばれ、心から一致団結するのだ。

11 我が教会かぞくよ。クロエとともにいる人たちから聞いたが、みなさんの間で、口論や仲間割れがあるそうではないか。

12 というのは、ある人は「私はパウロの弟子」と言い、またある人は「私はアポロの弟子」とか「私は岩のペテロの弟子」と言い、さらにまたある人は「私は救世主キリストの弟子だ」と言っているそうではないか。

13 救世主キリストを派閥でわけることはできるだろうか?

このパウロが、あなたの過ちのために十字架で死んだか?

みなさんの中のだれが、私、パウロの名によって洗礼バプテスマを受けた?

14 みなさんのところで、クリスポとガイオのほかには、だれにも洗礼バプテスマを授けなくて本当によかったとほっとしているところだ。

15 誰一人として、私パウロの名によって洗礼バプテスマを受けた、などと言うことができないからだ。

16 いや、実際ステパナの家にいる人たちにも洗礼バプテスマを授けた。

しかし、そのほかは、だれにも授けた覚えはない。

17 救世主キリストが私を遣わせた目的は、洗礼バプテスマを授けさせることではなく、最高の知らせゴスペルを伝え広めるためだ。

それは、カッコつけたプレゼンではなくシンプルに伝える使命。

救世主キリストの十字架に込められた力とその意味が、なくならないように!

神の愚かさは人の知恵に勝り、神の弱さは人の強さに勝る

18 「イエスは私たちを救うために十字架で死んでくれた」

ということばが、滅んでゆく人たちにはどれほどバカらしく響くか、私にはよくわかっている。

しかし、救われている私たちは、これが神の力そのものであると認めるのだ。

19 なぜなら、神がこう言ったからである。

「わたしは、賢者の知恵を無意味なものにする。

天才には理解ができないことをしよう」―― 【聖書:イザヤ書29:14より引用】

20 では、この本当の神がこうするのなら、この世の知識人、学者や評論家たちの重要性については何と言えるのだろうか。

神はこの世の知恵を無用の長物としたのではないか?

21 この世がいかに人間のすぐれた知恵を結集しても神を見いだせないのは、神の知恵深い計画の一部なのだ。

そして神は、一般の人には、ばかばかしくて話にならないような神のことばを信じる人を、救う決断をしたのだ。

22 これは、ユダヤ人には、ばからしく思われるだろう。彼らは、説かれていることの真実さを証拠立てるような、天からのしるしを求めているからだ。

また、外国人にも、ばからしいと思われるだろう。

彼らは、理性で納得できることとか、彼らの頭で賢明と思われることしか信じないからだ。

23 それで、人を救うために十字架で死なれた救世主キリストについてみなに話すと、ユダヤ人はそれを受け入れることはせず、ユダヤ人でない人たちはナンセンスだ、と言う。

24 だが、ユダヤ人であれ、ギリシャ人であれ、神様に選ばれた人たちにとって、救世主キリストこそが神の力であり、知恵なのだ。

25 この、いわゆる“バカらしい神の計画”は、最高の知識人の最も賢明な計画をはるかに勝り、“イエスの十字架上の死”という神の弱さは、どんな人間の強さよりも強いのだ。

26 教会かぞくのみんな。神があなたを選んだときに自分が置かれていた環境やその時の自分という人間をよく考えてみてほしい。

神に選ばれる前は、世の中から見て賢い人、貴族生まれの者または著名人だった者などほとんどいないだろう。

27 それどころか、神は、この世では愚か者だと思われている人を、わざわざ選んだ。それは、この世で知恵ある人をはずかしめるためなのだ。神はこの世の強いものに恥ずかしい思いをさせるため、弱い者を選んだのだ。

28 神は、世の中が重要視しないもの、すなわち見下され、無価値とされるようなものを選ぶのだ。それもすべては、世の中にある“大切なもの”の概念を崩し、無価値を有価にするために。

29 だから、どこのだれであっても、神の前で自慢できることはない。

30 というのは、みなさんをイエス・救世主キリストに繋げたのは神であり、救世主キリストが私たちに与えられた神からの知恵となったのだ。

イエスのおかげで、神に認められ特別な者とされ、罪から解放されたのだ。

31 聖書にあるとおりだ。

「誰であろうと誇りたければ神様を誇れ」―― 【聖書:エレミヤ書9:24より引用】

イエスの十字架、私からのメッセージ

1 愛する教会かぞくよ。

私が初めてみなさんのところへ行った時、神からのメッセージを伝えるのにカッコつけたプレゼンをしたり、知識を見せつけるようなふるまいはしなかった。

2 なぜなら、イエス・救世主キリストと、その十字架上の死以外は語るまい、と決心したからである。

3 私は弱々しく、ためらい、震えながら、みなさんのところへ行った。

4 私はカッコつけたことばを使って、知的な好印象を与えようとしたことはない。

わたしの教えは、学のあることばや賢い議論ではなかった。しかし、神の霊ホーリースピリットが与えてくれる力が、わたしの教えの信ぴょう性を証明した。

5 私がそうしたのは、みなさんが持っている神への信頼が、人間の知恵にではなく、神の力に根ざしてほしかったからだ。

神の知恵

6 とはいえ、成長したイエスの信者クリスチャンの間では、私たちはすぐれた知恵のことばを語る。しかしそれは、この地上の知恵ではなく、また、滅ぶべき運命にある、この世のお偉いさんの気に入る知恵でもない。

7 私たちのことばに知恵があるのは、それが神から出た教えで、天の栄光に導く、神の知恵に満ちた計画を告げるものだからである。

これは世界の始まる前から、神が用意していた特別な計画。以前は隠されていたが、私たちのために備えられていたものなのだ。

8 しかし、この世のお偉いさんたちは、このことを理解しなかった。もし理解していたら、まさか栄光の王を十字架につけるようなまねは、しなかっただろう。

9 まさに、聖書のことばどおり。

「神は自分を愛するものへ

誰も見たことも、

聞いたことも、

想像したこともないことを用意してくれた」―― 【聖書:イザヤ書64:4より引用】

10 しかし、私たちは知っている。神が神の霊ホーリースピリットをとおして、明かしてくれたからだ。

そう、神の霊ホーリースピリットは、なんでも探り出すことができ、神の最も奥深い秘密でさえ知り尽くしているのだ。

11 人が何を考えているか、その人が実際にどんな人間であるか、本人以外にはわからない。同様に、神の考えを知りうるのは、神の霊ホーリースピリット以外にありえない。

12 事実、神は私たちに、この世の自己中な魂ではなく、神の霊ホーリースピリットを与えてくれた。私たちに用意してくれているありとあらゆる恵みを知ってもらうために。

13 私たちが教えるとき、人間の知恵からくる理論で裏付けることはせず、

神の霊ホーリースピリットに教わることで裏付け、

神の霊ホーリースピリットに教わったことをもとに真理を教えるのだ。

14 しかし、神の霊ホーリースピリットを受け取っていない人は、神の霊ホーリースピリットが教えてくれる神の思いを理解することも、受け入れることもできない。

彼らには、バカらしく思えるのだ。というのは、自分のうちに神の霊ホーリースピリットをもらっている人だけが、神の霊ホーリースピリットの想いを理解できるからだ。ほかの人にはそれが理解できない。

15 神の霊ホーリースピリットを受けたわたしたちには真理を見分けることができ、誰も私たちを裁くことはできない。

16 どうして、この世の人はわたしたちを裁くことができないだろうか?聖書に書いてあるように、

「神様の想いを知ることができる人間などいるか。

神様に知恵を与えることができる人間などいるか。」―― 【聖書:イザヤ書40:13より引用】

しかし、驚くべきことに、実際に私たちイエスの信者クリスチャンは、まさに救世主キリストの思いと心の一部を共有しているのだ。

教師は神のしもべに過ぎない

1 教会かぞくのみんな。私がみんなといた時は神の霊ホーリースピリットに導かれたイエスの信者クリスチャンを相手にしているように話すことができなかった。

まるで世の中の人間を相手どっているようで、救われたばかりの赤ちゃんのようだった。

2 つまり、あなたたちに堅い食物をあげるのを避けてミルクを飲ませた。堅い食物の消化はそのときはまだ無理だったからだ。

現に今でもまだ、ミルクしか飲めない有様だ。

3 あなたたちは未だに神の霊ホーリースピリットの導きによって生きる事に従っていない。

あなたたちは互いに比較して嫉妬し、争っているところを見れば、我欲に従っているのがわからないのか。世間一般の人と何一つ変わらないということが。

4 ある人は、「パウロ派だ!」またある人は「アポロ派だ!」などと言う。まるで世の中の人たちと同じ考え方をしているではないか。

5 私たちが争いの原因になるなんて!いったい、私が何者だと言うのか。アポロが何者だというのか。ただ神に奉仕する者にすぎず、それぞれに特別な役割が与えられて、あなたがたが信じるように、手助けしたにすぎない。

6 私の仕事は、種をまくことだった。アポロの仕事は、それに水をやること。しかし、それを成長させたのは私たちではなく神だ。

7 まく者も、水をやる者も、さほど大切ではない。大切なのは、成長させてくれる神なのだ。

8 種をまく人も水をやる人も、同じ目標を目指して働いている、それぞれ、その労苦に従って報酬を受けるだろう。

9 私たちは神の協力者にすぎない。みなさんは、私たちの畑ではなく、神の畑だ。私たちの建物ではなく、神の建物なのだ。

10 神は恵みによって、私に、どうしたら卓越たくえつした建築家になれるかを教えてくれた。

私が土台をすえ、また別のものがその上に建てている。しかし、その土台の上に建物を建てる者には、細心の注意力が必要だ。

11 私たちがすでに持っているイエス・救世主キリストという本物の土台。誰にもこれ以外の土台を置くことなどできないのである。

12 しかし、この土台の上には、いろいろの材料で建てることができる。金や銀や宝石、また、木や草、あるいは、わらなどを用いる人もいる。

13 最後の審判ファイナルジャッジメントの日に人間の働きは良くも悪くも明らかになる。

その時には、各自がどんな材料で教会を建てたか、火で燃やすことで明白になる。

14 そして、その土台の上に適切な材料を使って建てた人は、建物があとに残るので、報酬を受ける。

15 しかし、自分が手掛けた部分が焼けてしまった人は、大損害をこうむる。ただその人自身は、炎の中をくぐり抜けるように、命からがら救われる。

16 みなさんは、自分たちがお互いに神の神殿であり、神の霊ホーリースピリットが、その中に住んでいることが、わからないのか。

17 もし、神の家を壊したりする人がいれば、神はその人を滅ぼす。

なぜなら、神の家は聖なるものだからだ。みなさん自身が、その神の神殿なのだ。

18 自分をだますのはやめなさい。「世間一般からすれば、自分はりこう者だ」と、もし考えているのなら、そんな考えは全て捨てて、むしろ、ばかになるほうが身のためだ。そのとき、真の意味で知恵を受けることになるだろう。

19 この世の知恵は、神から見れば愚かだからである。

「神は人の知恵を、その人を捕らえるわなとして用いられる」と聖書に書いてあるとおりだ。

「つまり、人は自分の“知恵”につまずいて倒れるのだ」―― 【聖書:ヨブ5:13より引用】

20 また、詩篇には、

「𝄞神様は、賢い人の考えがどんな程度か、また、それがどんなに愚かで無益か、よく知っている」とある―― 【聖書:詩篇94:11より引用】

21 だから、この世のリーダーたちと彼らがやったことを誇ってはならない。

神はすでに、あなた方の必要の全てを、与えてくれているのだから。

22 パウロも、アポロも、岩のペテロも、この世も、命も、死も、現在も、将来も、すべてはみなさんのものなのだ。

23 そして、みなさんは救世主キリストのものであり、救世主キリストは神のものだ。

イエス・救世主キリストの使徒

1 こういうわけで、アポロや私のことを、神の秘密の真理を説明する責任を与えられた救世主キリストの家来と考えるんだ。

2 ところで、責任を任された家来にとって一番大切なことは、忠実であることを証明することだ。

3 さて、私の場合はどうだろう?良い家来だっただろうか?

この点に関して、みなさんがどう思おうと、判事がどう考えようと、私は少しも気にしない。

この件については、自分の判断さえ、信用していないのだ。

4 良心にやましいところは、一切ないものの、だからといって、わたしが正しいことを証明しない。正しいかどうか、判決を下すのは、イエス様自身だからだ。

5 だから、イエス様がまだお帰りにならないうちから、ある人が良い家来かどうか、せっかちに結論を下すことがないように注意しろ。

その王・イエスが来る時、すべては明るみに出される。

1人1人の心の奥底までが見通され、ありのままの姿が、だれの目にもはっきり見えるようになる。

そして、1人1人が、ふさわしい賞賛を神から受けるのだ。

6 教会かぞくのみなさん。

これまで私は、アポロと自分を例にあげて説明してきた。

それは、「示した見本をそのまま真似る」ということを私たちから学んでほしいからだ。

そうすれば、どの教師が勝っているかなどと論じあうことはない。

7 いったい何について、そんなに得意がるのだ?

あなたの持ちもので、神からもらわなかったものがあるか?

その全部が神からもらったものなら、どうして、偉そうにふるまう?

また、どうして自分の力で何かを成し遂げたような態度をとる?

8 みなさんは必要なものをすべて手に入れ、裕福になり、自分だけが王になりあがったかのように、調子づいている。もし、みなさんが本当に王になったのなら、一緒に統治しようではないか。

9 しばしば、こんな思いが浮かぶ。神は私たち使徒を、死刑を目前にした囚人のように凱旋行列がいせんぎょうれつの最後に引き出し、人や天使、全世界の前で見せ物にしたのだ、と。

10 私たちは救世主キリストにあって愚かな者よ。

しかしあなたたちは、自分が救世主キリストにあって賢い者だ。

私たちは弱くて、あなたがたは強いのだ。人受けのよいみなさんと違って、私たちは笑いものにされている。

11 今の今まで、私たちは飢えと渇きに悩まされ、寒さをしのぐ着物さえ無かった。

自分の家もなく、どこへ行っても、冷たくあしらわれ、粗末に扱われることもしばしば。

12 また、生活のために、自ら汗水流して働いた。私たちをのろう人たちを反対に祝福し、危害を加えられても耐え忍び、 13 ののしられても、おだやかに答えるのが当たり前だった。

それなのに、今この時に至るまで、私たちは、まるで世の中のゴミのごとく、人間のクズのように扱われる。

14 このように書いたのは、あなたがたに恥をかかせるためではない。愛する子どもを注意し、教えるためである。

15 たとえ、救世主キリストにある教師が万人いたとしても、父は1人しかいない。

最高な知らせゴスペルをもたらしてみんなの信仰の父となったのはこの私だ。

16 そうであるからには、私を模範とすべきだ。

17 その点でみなさんの助けになればと思い、混血のテモテを遣わす。

彼は、私がイエス・救世主キリストに導いた1人で、イエス様にあって愛し、信頼できる息子だからだ。

テモテは、イエスの信者クリスチャンとしての私の生き様を、思い起こしてくれるだろう。

その生き様は、私がどこの教会だろうと教えている生き方だ。

18 中には、「パウロは二度とこちらへ来ない」と、思い上がっている人たちがいるそうだな。

19 しかし、もしイエス様の許しがあれば、すぐにでもそちらへ行くつもりだ。そうすれば、その高慢な人たちが、ただ大口を叩いているだけなのかどうかが、わかるだろう。

20 神の統治はその人が何を言うかではなく、その人の人生と行いに見れる。

21 さあ、私に何を求めるか?

私が罰と一喝をもってあなたのもとへ行くほうか。それとも、愛とやさしさをもって行くほうか。

健康な教会

1 みなさんの間に起こった、ひどい出来事を聞いて耳を疑った。

継母ままははにあたる父の妻と性的な関係にある人が、教会にいるそうではないか!

神を知らない人間ですら、道徳的に受け入れないほどの過ちだ。

2 とっても残念で悲しいことだというのに、なぜ誇らしげな顔をしている!

なぜその人を教会から追放しなかったのか!

3 私の体がそちらにあるわけではないが、神の霊ホーリースピリットを通して共にいる。

そして、このように一緒にいるからこそ、すでにこれを犯した男に対する判決を決めた。

4 さっそくイエス様に属する者たちで集会を開け。その時、王・イエスの力がみなさんと共にあり、私も神の魂ホリースピリットを通して共にいる。

5 そして、彼を罰するために、教会から追放して、彼のプライドを崩すべく悪魔王サタンの手に引き渡しなさい。そうするのは、王・イエスが帰って来られる時に、彼の魂が救われるようにと願うからである。

6 誇らしげなみなさんが、こんな事件に目をつぶっているのは良くない。

「少しのイーストがすべてのパン生地を膨らませる」ということわざを知らないのか―― 【つまり、過ちを犯す人を対処しないのなら、それは教会すべてに悪い影響を及ぼすという意味】

7 恐ろしいガン細胞であるその人を、みなさんの間から取り除き、健康な教会を保つのだ。

神の小羊である救世主キリストは、私たち教会のために殺されたのだから、しっかり護りなさい。

8 意図的に過ちを犯す人間は、教会中に伝染する。

過ちが混ざったパンではなく、誠実と真実の純粋なパンを、食べようではないか!

9 私は以前、みなさんに手紙で、性的な過ちを犯す人たちと交際しないように書き送った。

10 しかし、それは、性的な過ちを犯している者、欲張りな詐欺師、偶像を拝む者、というような不信仰者とは口もきくな、という意味ではない。そのような人たちから離れていようとすれば、この世では、とうてい生きていけないからである。

11 私がほんとうに意図したところは、自分はイエスの信者クリスチャンだと公言している者で、しかも性的な罪にふける者、貪欲な者、人をだます者、偶像を拝む者、酒に酔う者、口ぎたなくののしる者とはつき合うな、ということだ。

そのような者と共に食事さえするべきではない。

12 イエスの信者クリスチャンでない人たちを裁くのは、私のすることではない。

みなさんの非難すべき者は、同じイエスの信者クリスチャンの人たちではないか。

13 そうでない人たちは、神が裁くのだ。

忠告しても聞かず、意図的に過ちを犯し続ける人を、聖書につづられているように、

「悪い人を教会の中から去らせなさい」―― 【聖書:申命記22:21, 24より引用】

見て見ぬふりはなし。問題解決をせよ。

1 誰かが他の人に対して不満を掲げる場合、どちらが正しいかを、他のイエスの信者クリスチャンに判断してもらおうとせず、異教徒の法廷に訴え出るとは、いったいどういうつもりだ?

2 いつか、私たちイエスの信者クリスチャンがこの世を裁き、支配する日が来ることを知らないのか?

この世こそみなさんに非難される運命にあるのに、どうしてみなさんは、内輪のそんなささいな事件さえ解決できないのだ。

3 わたしたちイエスの信者クリスチャンは、天使さえも裁くようになるのだぞ!

日常の問題を解決するなど、朝飯前であるべきだ。

4 それなのに、なぜ日常の問題で、教会外のイエスの信者クリスチャンでもない裁判官のもとへ出向くのだ。その裁判官などあなたがたにとって何の意味もないのだ。

5 あえてあなたがたに恥をかかせようと、私はこう言うのだ。

いったい教会には、こうした争いに正しい判断をできる賢明な人が、1人もいないのか。

6 それで、イエスの信者クリスチャンイエスの信者クリスチャンを訴え、しかも、それを異教徒の前に持ち出すようなまねをするのか。

7 そもそも、訴え合う時点でイエスの信者クリスチャンの敗北だ。

つまり、あなたがたはもう敗北している。

個人的な問題を裁判所まで引き延ばすぐらいなら、だまされ、不正を犯されたほうがましではないか!

8 ところがどっこい、不正を行ない、だまし取っているのはあなたがたときた!

しかも、傷つけている相手は教会かぞくときたもんだ!

9 だまされるんじゃない。人に対して過ちを犯す者が神の王国キングダムに入れないのは当然だ!

性的欲求に溺れる者や同性愛にふける者、偶像を拝む者、結婚相手以外とセックスする者は、神の王国キングダムを相続できない。

10 どろぼう、貪欲な者、酒に酔う者、人を悪く言う者、強盗も同様である。

11 みなさんの中にも、そんな過去をもつ人がいる。しかし、王なるイエス・救世主キリスト神の霊ホーリースピリットのおかげで、今や罪は洗い流され、聖別され、神に認められた。

自分の体を神の栄光のために用いる

12 「私には何でもする自由がある」と主張してるな。

これに対して私の答えはこうだ。

“何でも”が自分のためになるわけではない。たとえ、してよいことであっても、私は絶対に、何かの奴隷にはなり下がらない。

13 「食べ物はお腹のためにつくられ、お腹は食べ物のためにつくられた。二つとも神に滅ぼされる」と言われる。

真実ではあるが、体は性的な過ちのためにつくられていない。むしろ体は王・イエスのものであり、その王自身がそこに住まわんとしているのだ。

14 神は、王なるイエス・救世主キリストを復活させたのと同じ力で、私たちの体をも、死人の中から復活させようとしている。

15 みなさんの体は、事実、救世主キリストの体の一部であることが、わからないのか!

救世主キリストの体の一部と売春婦ばいしゅんふとを結びつけてもいいのだろうか?いいわけないだろ!

16 もし人が売春婦ばいしゅんふと結びつくなら、その人と彼女は一心同体になることが、わからないのか。

というのは、神が聖書の中で言われるとおり、「2人の者は1人になるからだ」―― 【聖書:創世記2:24より引用】

17 しかし、誰でもイエス様と結びつくなら、神の霊ホーリースピリットによってイエス様と一心同体になるのだ。

18 性的な過ちとは無縁になれと、私が言うのは、そのためだ。

「過ちは心に影響を及ぼすものであり、体に影響及ぼすものではない」または「売春婦との肉体関係を持つ者の過ちは私的な問題だ」とも言われる。

だが、言っておこう。このような過ちを犯すことは、自分の体に対して過ちを犯すことだ。

19 体は、神がみなさんに与えてくれた神の霊ホーリースピリットの神殿であって、神の霊ホーリースピリットがそこに住んでいることが、まだわからないのか。

自分は自分のものではない。

20 神が多額の代価を払って、みなさんを買い取ってくれたからだ。だから、みなさんの体を、神の栄光を現わすために用いなさい。

結婚について

1 さて、この前送ってくれた手紙にあった件について話そう。

ある人は、「男が女とセックスをしないことはいいことだ」と言う。

2 しかし、多くの場合、結婚するのが1番良いだろう。男は妻を、女は夫を持ちなさい。

そうでないと、結婚外でのセックスのような不品行の過ちを犯す危険があるからだ。

性的な過ちは極めて危険なもの。だからこそ、男は自分の妻、女は自分の夫とのセックスライフを楽しむべき。

3 夫も妻も、互いの性的欲求を理解し、なにか問題があれば一緒に解決していくべきだ。

4 夫も妻も、互いの体を自分のものであると考えず、互いのものであることを理解するべき。

5 だから、互いにこの権利を拒んではいけない。

ただ1つの例外がある。ひたすら祈りに没頭ぼっとうするため、2人が合意の上で、短期間で一定の間セックスをしない場合である。

そのあと、2人はまたいっしょになるべきだ。

それは、自制力の弱さにつけ込む、悪魔王サタンの誘惑を避けるためだ。

6 私は、夫婦にセックスをしない期間を持ちなさいと言っているのではなく、それもまた必要なのであれば、認められることだと言っているのだ。

7 私の願いは、だれもが私のように、結婚しないでもやっていけること。

しかし、人それぞれ。神は、ある人には、夫となり、妻となる恵みを与え、ほかの人には、独身のまま幸せにすごせる恵みを与えている。

8 さて、独身の者と、夫に先立たれた、未亡人にひとこと言うが、もし私のようにしていられるなら、独身のままでいるほうが良い。

9 しかし、もし自制できないなら、ためらわずに結婚しなさい。

性的欲求を燃やすよりは、結婚するほうが良いからだ。

10 次に、結婚した人たちにはこれをはっきりと命令しておく。この命令は、私が考え出したものではなく、イエス様自身がこの地にいた時に教えてくれたことだ。妻は、夫と別れてはいけない。

11 しかし、妻が夫と別れるのなら、そのまま独身であり続けるか、もしくは別れた夫とよりを戻すかだ。夫も同様に、妻と離婚してはいけない。

12 ここで、イエスの信者クリスチャンとそうでない人の結婚について付け加えておこう。

夫がイエスの信者クリスチャンで妻はそうでない場合、いっしょにいることを妻が望むなら、離婚してはいけない。

13 また、妻がイエスの信者クリスチャンで夫はそうでない場合も、夫がいっしょにいることを望むなら、離婚してはならない。

14 なぜなら、イエスの信者クリスチャンでない夫は、イエスの信者クリスチャンの妻のおかげで、神との特別な関係にあるのだ。

同様に、イエスの信者クリスチャンでない妻も、イエスの信者クリスチャンの夫のおかげで、神との特別な関係にある。

あなたがイエスの信者クリスチャンであるがゆえにあなたの子どもが神に近づき、神に守られている。

15 しかし、もしイエスの信者クリスチャンでない夫や妻が、どうしても別れたいと言うなら、そうさせなさい。この時、イエスの信者クリスチャンであるほうは自由になる。

神は、自分の子どもたちが平和に暮らすことを望んでいるからだ。

16 なぜなら、妻が、一緒にいることで夫がイエスの信者クリスチャンになるか、同様に夫も、妻がイエスの信者クリスチャンになるか、それはあなたに分かることではないからだ。

神に召されるままに

17 しかし、各人神様が与えてくれた人生を生き続けるべきだ。神があなたを選んだときのまま、独身なら独身を貫き、既に結婚していたのなら、そのままでいなさい。

私はどこの教会でも、これに従うように指導している。

18 たとえば、イエスの信者クリスチャンになる前に、すでにユダヤ教の割礼かつれいを受けた人は、それを戻そうなんてするな。

また、逆に割礼かつれいを受けていない人は、今さら割礼かつれいを受けるべきではない。

19 イエスの信者クリスチャンには、割礼かつれいを受けているかどうかで、違いはないからだ。

しかし、真に神を喜ばせ、神の戒めを守っているかどうかでは、大きな違いがある。

20 神に選ばれて救われたときのままでいるべきだ。

21 神に選ばれたときに、あなたが奴隷であったのだとしても、そのことを気にしてはいけない。しかし、もし自由の身になる機会があれば、もちろん自由になるのだ。

22 もし奴隷のあなたがイエス様に呼ばれたのなら、イエス様の家で自由な人となったことを忘れてはいけない。

さらに、もしあなたが自由人であって、イエス様に呼ばれたのなら、今は救世主キリストの奴隷であることを忘れてはいけない。

23 救世主キリストが、最も高い代価を払ってあなたを買い取ってくれたのだから、勝手に他のものや人の奴隷になることがないように。

24 教会かぞくのみなさん、イエスの信者クリスチャンになったときの状態でいるべきだ。

未婚の人と未亡人へのアドバイス

25 さて、未婚の人についての質問だが、私の答えはこうだ。

これに関してイエス様からとりたてて命令を受けたわけではない。しかし、イエス様のおかげで、人から信頼されるに充分な知恵を恵んでくれたので、自信を持って意見をのべよう。

26 今は困難な時代。

このような時代には、独身なら独身のままが一番だ。

27 だからといって、もちろん、すでに婚約している人は、それを破棄するべきではない。

しかし、もし婚約解消になったのなら、次の人を探そうとしなくても良い。

28 しかし、もし男が、どうしても結婚しようと決心し、いま結婚したとしても、過ちではない。

また、未婚の女が結婚したとしても、過ちではない。

ただし、結婚すれば、余計な問題をかかえ込むことになるから、そんな目にあってほくない。

29 教会かぞくのみんな。

私たちに残された時はきわめて短い。だから、今から、妻のある者は、独身の者と同じように振る舞うべきだ。

30 悲しみがあろうと楽しみがあろうと、そんなもので揺らぐべきではない。たとえ何かを購入し、手に入れても、それは重要なことではないのだ。

31 この世のものを使う時、正しく利用し、おぼれることがないようにしなさい。

今のこの世界は、やがて過ぎ去るからだ。

32 あなたがたが心配に捕らわれることがないことを願う。

独身の男は、他のことを心配せず、イエス様を喜ばせようと、イエス様からの務めを実行することを常に考えていられる。

33 しかし、結婚した男は、そうはいかない。どうしても、この世での責任や、妻の幸せという心配事があるからだ。

34 こうして、イエス様と妻の2人を満足させるという2つの大きな責任ができる。

結婚した女もしかり、この世での責任や、夫の幸せを心配しなければいけない。

一方、独身の女は、イエス様からの務めのために、全身全霊を注ぐことができる。

35 私がこう言うのも、みなさんのためを思うからであって、結婚させまいとしているのではない。

しかし、私の願いは、みなさんが弊害なく正しいことを全うし、イエス様のために自身を捧げられることだ。

36 しかし、もし、高まる感情を抑えるのがむずかしいので結婚すべきだ、と考える人がいれば、それも結構。過ちを犯すことにはならない。

そういう人は結婚しなさい。

37 しかし、揺るがぬ考えを持った人もいるでしょう。そのような人は結婚の必要性を感じないため、自由にやりたいことができる。もしこういう人が自分の婚約者と結婚しないことを決心するなら、それもまた正しいことである。

38 つまり、婚約者と結婚する人は、良いことをしているのであり、結婚しない人は、もっと良いことをしているのだ。

39 妻は、夫が生きている間は、夫と結ばれているのだ。しかし、夫が死ねば、再婚してもかまわない。

ただし、その場合、相手はイエスの信者クリスチャンに限る。

40 女は再婚しないほうが幸せだ。これは私の考えであり、神の魂ホリースピリットによって与えられたと信じている。

偶像に捧げられた食べ物について

1 次に、「偶像に供えられた物を食べることはどうか」、という質問に答えよう。

この件に関して、みなさんは既に知識を持っていることはよく分かっている。

しかし、この知識は人を高慢に導くだけで、教会を建て上げるためにほんとうに必要なのは、愛なのだ。

2 もし自分はすべての知識を持っていると思うなら、本当に必要な知識はまだ備わっていないという証拠だ。

3 しかし、本当に神を愛している人は、神に知られている。

4 では、先ほどの問題はどうなるだろうか。

偶像に供えた肉を食べてもよいのだろうか。

みなさんと同じく、偶像は物でしかなく、ただ1人の神以外にいないことを私たちも知っている。

5 ある人は、偉大な神は天にも地にも数多くいると考えている。

6 しかし私は、父なる神ただ1人しかいないことを知っているのだ。

この神が、万物を創造し、人間をご自身のために造ったのだ。

また私たちは、ただ1人の王なるイエス・救世主キリストがいることを知っている。

この方こそが、すべてのものを造り、私たちに命を与えてくれた。

7 けれども、イエスの信者クリスチャンの中には、このことがわかっていない人もいる。そういう人は、これまでずっと偶像を生きているもののように考えてきたので、供えられた肉を食べることで偶像を拝むことになると思ってしまう。

そのため、正しいかどうか分からない中でそれを食べる時、彼らの良心が痛んでしまうのだ。

8 ただ、このことを覚えておいてもらいたい。神は、私たちがそれを食べるか食べないかなど、気にかけていない。食べなくても損にはならないし、食べても得をするわけではない。

9 ただし、あなたがたがいくら自由だといっても、それを食べたために、何を食べても良いか定かではなかったイエスの信者クリスチャンがつまづかないように、くれぐれも注意しなさい。

10 あなたが、偶像への供え物を食べても別に害にはならないことを知っていて、神殿の食堂で食事をしたとしよう。

それを、食べてはいけないと思っている人が見たら、どうだろうか。

その人は、いつもそれは悪いことだと思っているのに、つい気持ちがゆるんで、偶像礼拝としてそれを食べてしまう。

11 あなたがたのいわゆる“知識”がゆえに周りを気にせず食べてしまった結果、兄弟姉妹の揺らぎやすい良心は打ち砕かれた。

救世主キリストは、その兄弟姉妹のためにも死んでくれたのだ。

12 このように兄弟姉妹を混乱させることで良心を傷つける時、みなさんはその人に過ちを犯し、同時に、救世主キリストに対しても過ちを犯すことになるのだ。

13 だから、もし偶像に供えた肉を食べることで、兄弟姉妹に過ちを犯させるなら、私は一生、肉を食べない。私の兄弟姉妹に過ちを犯させたくないからだ。

使わなかったパウロの権利

1 私はみなさんと同じ権利の与えられた、誰からも借りのない自由の者であり、そして使徒、すなわちイエスの使者だとあなたがたは知っている。

私は、実際、この目で、王・イエスを見た者だ。みなさんの人生が一変したのは、私がイエス様のために働いた結果。

2 たとえ、ほかの人が私を使徒と認めなくとも、みなさんは認めているだろう。

私によってイエス様に繋がったみなさんこそが、私が使徒であることのしるしだ。

3 私の行動をとやかく批判する人たちに対しては、次のように答えている。

4 私たちには食べ物や飲み物というもてなしを受ける権利はないのだろうか。

5 もし私たちに救世主クリスチャンの妻がいれば、ほかの弟子やイエス様の兄弟や岩のペテロ同様、妻を連れて旅行もできないのだろうか?

6 ほかの使徒は諸教会から生活費をもらっているのに、励ましのバルナバと私だけは、働かずに生活する権利はないのだろうか?

7 いったい、自費で軍務につかなければならない兵士がいるだろうか。

丹精たんせいした作物を食べる権利のない農夫の話など、聞いたこともない。

世話をしている羊や、やぎの乳も飲めない羊飼いがいるだろうか。

8 私は、ただ人間の考えだけを引き合いに出して、権利がどうのこうのと言うのではない。

神の掟では同じことを言っているのを示そう。

9 神は、モーセに与えた掟の中で言っている。

穀物こくもつを踏んで脱穀だっこくしている牛の口に輪をかけて、その穀物こくもつを食べる自由を奪ってはならない」―― 【聖書:申命記25:4より引用】

神は牛のことを心にかけて、こう言ったのだと思うか?

10 これは私たちのために言ったことではないのだろうか?もちろんそうである。

これは、使徒など神様のために働く人たちのために聖書につづられたのだ。

たがやす者も脱穀だっこくする者も、当然、収穫の分け前にあずかることを、期待すべきなのだ。

11 私たちはみなさんの心に、種を蒔いたのだから、その収穫としてある程度の必要を要求するのは、行き過ぎたことなのだろうか?

12 ほかの人たちは、みなさんの間で働いているからこの援助を受ける権利がある。そうであれば、私たちにももらう権利があるのは確かでしょう。

だが、その権利を使ったことはない。みなさんが救世主キリストについての最高の知らせゴスペルに従うことを妨げないよう、必要をすべて自分たちでまかなうのだ。

13 神殿で奉仕する者は、神にささげられる食べ物の一部を自分のために取るように、という神の命令を、知らないのか。

また、祭壇さいだんの前で働く人は、神様への捧げ物の分け前をもらえるではないか。

14 同じように、最高の知らせゴスペルを伝え広める者は、それを信じるようになった人たちから生活を支援してもらうべきだ、とイエス様が命じている。

15 けれども、私はみなさんに、この権利を使ってビタ一文要求したことはない。

別に今からでもそうしてほしいと思っているわけではない。それはこの手紙を書く目的ではない。

本音を言うなら、無報酬でみなさんに最高の知らせゴスペルを伝えることの満足感を失うくらいなら、死んだほうがましだ。

16 それというのも、最高の知らせゴスペルを伝え広めることだけが、私に誇る権利を与えるわけではない。

最高の知らせゴスペルを伝えずにはいられないのだ。

もしやめたら、どれほどみじめなことだろうか。

17 もし自ら選んだ道だったのであれば、私は報われる権利がある。

しかし、実際はそうではなく、神が私を選び出し、この特務につかせたので、やるべきことをやっているまでなのだ。

18 このような状況で、私の受ける報酬とはどんなものだろう。

自分の権利を少しも主張せずに、無償で最高の知らせゴスペルを伝え広めることから来る最上の喜び、これこそ、私の報酬だ。

19 私は経済的に自立しているからこそ自由である。しかし、私は自らみなさんの奴隷となっているのだ。

そうするのは、1人でも多くの人を救うためだ。

20 ユダヤ人と一緒にいる時は、ユダヤ人のようにふるまう。それによって、彼らが最高の知らせゴスペルに耳を傾け、救われるためだ。

私は掟の下にいないが、掟の下にいる人たちと一緒にいるときは、私も掟の下にいる人のようになった。

何とかして、彼らが救われるためだ。

21 掟を知らない人たちと一緒にいる時は、掟を知らない人のようになった。

しかし、本当は神の掟を知らないのではなく、キリストの掟の下にいるのだ。

これも、彼らが救われるためだ。

22 弱い人たちと一緒にいる時は、彼らが救われるために私も弱くなった。

1人でも多くの人が救われるため、すべてのタイプの人に合わせたのだ。

23 このように、できることをすべてし、最高の知らせゴスペルを伝え広めるのは、最高の知らせゴスペルがもたらす祝福を分かち合うためだ。

24 競走をする場合、すべての走者が走るが、優勝者は1人だけだ。だからこそ、みなさんも、優勝するように走るんだ。

25 競技の選手は、この世のメダルや優勝杯を得ようと、厳しいトレーニングに励む。

しかし私たちは、神から与えられる、決して朽ちない栄光を受けるために、そうするのだ。

26 だから私は、ゴールを目指して、わき目もふらずに、全力で走る。勝つために戦うのだ。空を打つようなボクシングをしない。

27 競技の選手のように、自分の体にむち打って、きびしく鍛練たんれんし、自分のやりたいようにできるように、訓練している。

それは他の人に、その栄光を伝えた後に私自身が失格者とならないためだ。

歴史の教訓

1 教会かぞくのみんな。

昔、私たちの先祖が荒野でどんな経験をしたか、決して忘れてはいけない。

神が案内役にたてた雲の下に先祖全員が身を置き、全員が紅海レッドシーを歩いて通り抜けた。

2 これは、彼らの洗礼バプテスマだった、とみなしてよい。

彼らは、モーセに従う者として、指導者であるモーセにすべてを任せて海と雲によって、洗礼バプテスマを受けたのだ。

3 また、みな同じくして神に与えられし食物を食べ、 4 みな同じく、神に与えられし飲み物を飲んだ。

つまり、彼らについてきた神の岩から飲んだのだ。この岩は救世主キリストにほかならない。

5 にもかかわらず、大部分の者が神を怒らせた。

そのために神は、荒野で彼らを滅ぼしてしまったのだ。

6 この事実から、大切な教訓を学ぶことができる。悪事を追い求めてはいけないという事。 7 また、偶像を拝んではいけないということ。

聖書には、金の子牛を拝むために「人は飲み食いし、淫らにパーティを催した」と書いてある―― 【聖書:出エジプト記32:6より引用】

8 ほかにも、教訓がある。彼らのうちのある人たちが外国人の女と性的な過ちを犯し、異教の神を拝んだ時は、1日のうちに23,000人もが死んだ―― 【聖書:民数記25:1-9より引用】

9 また、彼らのように、救世主キリストがどれだけ辛抱してくれるか、試すようなまねをしてはいけない。試そうとした人は、全員蛇にかまれて死んだ。

10 また、彼らのように、神に向かって文句を並べてはいけない。

神は天使を遣わして、そんな彼らを滅ぼした。

11 どうしてこれらのことが聖書に書かれてるのか?それは私たちへの警告だからだ。世界の末期という大事な時代に生きている私たちのために聖書は書かれたのだ。

12 だから、よく注意しろ。

「私は、そんなことは絶対にしないから大丈夫」

などと思っている人は誰よりも注意しろ。同じ過ちを犯すかもしれないからだ。

13 あなたがたが経験する誘惑は別に新しくもなんともない。誰もがとおってきた誘惑ばかりである。

次のことに置いて、神に一切の信頼をおいて良い。すなわち神はあなたが抱えきれないほどの誘惑に合わせることはしない。

どんな誘惑であっても、必要な抜け道を用意してくれるのである。

14 だから、愛する友よ、偶像礼拝を避けなさい。

15 あなたがたは頭がいいのだから、私の言うことが正しいかどうか、自分で判断するのだ。

16 私たちが祝福のサカズキに感謝をささげるのは、救世主キリストの血の犠牲を分かちあうためではないのか?

また、ちぎって分けるパンは、救世主キリストの体を分かちあっているからではないのか?

17 救世主キリストという名のパンは一つであり、同じパンを食べるからには、私たちの数がどんなに多かろうと、一つの体なのだ。

18 イスラエル人のことを考えてみろ。

祭壇に捧げられた供え物を分かち合う者はみな、それによって1つとされているのだ。

19 私は何を言おうとしているのだろうか?

異教徒たちが供え物をささげる偶像は、実際に生きているとか、ほんとうの神であるとか、あるいは、偶像への供え物に何か価値があるとか、言おうとしているのだろうか?

とんでもない。

20 私が言いたいのは、偶像に物を供える人は、神にではなく、悪魔にささげるということである。

あなたがたの中から、偶像への供え物を異教徒たちと共に食べたりして、1人も彼らと1つになってほしくないのだ。

21 イエス様のサカズキを飲んだあとに、悪魔のサカズキを飲むことはできない。

同じように、イエス様の食卓で食べたあとに、悪魔の食卓で食べることもできない。

22 いったい、あなたがたは、イエス様を嫉妬させようとしているのか?

私たちがイエス様よりも強いとでも思っているのか?

神に称賛しょうさんを集める自由!

23 「すべてのことは許されている」というが、すべてのことがあなたにとって有益とは限らない。

「すべてのことは許されている」が、すべてのことがためになるとは限らない。

24 自分のことを考えるより、他人を思いやり、何がその人にとってベストか、よく考えなさい。

25 こうすればいい。市場いちばで売られている肉は、どれでも自由に食べ、食べるべき物かどうか、いちいち尋ねるんじゃあない。

26 「地にあるもの、地でさえすべてが神様のものだから」、食べても良い―― 【聖書:詩篇24:1; 50:12; 89:11より引用】

27 イエスの信者クリスチャンでない人から食事に招待された場合、行きたければ、行ってかまわない。そして、出される物は、何でも食べなさい。食べるべき物かどうか、いちいち尋ねるんじゃあない。

28 しかし、もしだれか、「この肉は偶像に供えられたものだ」と言う人がいたら、その人のために、またその人の良心を傷つけないために、出された肉を食べるのはよしなさい。

29 それが悪いことだからではなく、「悪いと思っている人がいる」ということが重要なのだ。

食べない理由は、それ以上でも以下でもない。

しかし、あなたはこう言うだろう。

「なぜ、他人の考えに支配されたり、束縛されたりしなければならないのか?」

30 そんな風に問う者もいるかもしれないが、神に感謝してそれを食べることができれば、他人から、とやかく言われる筋合いは、ないではないか?

31 では、その理由を言おう。

つまり、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光のためにすべきだからだ。

32 だから、相手がユダヤ人であれ、外国人であれ、神の教会のだれをもつまずかせてはいけない。

33 これは、私の生活の原則でもある。私は、何をするにも、すべての人に喜ばれようと務めている。自分のしたいことや、つごうの良いことをするのでなく、多くの人を救う上で最善のことをするのだ。

1 私が救世主キリストを見本にならっているように、あなたがたも、私を見本にしなさい。

権威と互いに敬意をはらう

2 あなたがたが私を忘れず、私の教えどおり実行していることを、とてもうれしく思う。

3 しかし、知っておいてほしいことが1つある。

それは、妻は夫に責任があり、夫は救世主キリストに責任があり、救世主キリストは神に責任がある、ということだ。

4 だから、男が祈ったり説教をしたりする時、帽子を取らないなら、自分の頭を侮辱ぶじょくすることになる。

5 また、女が頭にかぶり物を着けずに、人前で祈ったり預言したりすれば、自分の頭を侮辱ぶじょくすることになる。

6 女が被り物を着けないのは、髪をそるのと同じことになる。しかし女として髪をそることは恥のあることだから、被り物を着けるべきだ。

7 しかし、男は何もかぶるべきではない。男は神に似せて造られたのであり、神の栄光の現われである。女は男の栄光の現われだ。

8 最初の男は女から産まれたのではなく、最初の女が男の肋骨ろっこつから産まれたのだ。

9 また、最初の男アダムは、エバのために造られたのではなく、エバが、アダムのために造られたのだ。

10 そういうわけで、神のメッセージを話す女は自分の髪型に気を付けるべきだ。それは天使を含めてすべての人に教会で話す権威があることを示すからだ。

11 しかし、神の計画では、男と女は、互いを必要とし合う存在であることを、忘れてはならない。 12 なぜなら、最初の女は男から造られたとは言っても、それ以後、男はすべて、女から生まれたからだ。

そして、男も女も、両方を造った神から出ているのだ。

13 女がかぶり物も着けずに人前で祈ることは、正しいか?

14 “自然”が教えているではないか。男が長髪であることは何とも不自然であるが、 15 女にとっての長髪はその誇りだ。彼女に既に与えられた被り物なのだ。

16 たとえ、この点について別の意見を持っている人がいても、我々と神の教会すべてが、その行為を認めない。

最後の晩餐ばんさん

17 さて、もう一つ、私が不服に思っている事を書こう。

みんなの聖餐式せいさんしきの集まりが益になるどころか、かえって、害になっているようだからだ。

18 まず、議論し合い、分裂がますます深刻化していると、私の耳にまで届いた。

残念なことに、これを聞いて私は驚かなかった。

19 誰が真の信者かを証明するために派閥を作っているあなたがたなら、やりかねないからだ。

あなたがたは、だれが正しいかをはっきりさせるには、分裂もやむをえないと思っているのだろう。

20 イエス様の晩餐ばんさんのために集っているみたいだが、そんなものは、イエス様の晩餐でもなんでもない。 21 自分たちの食事をするためのもの。ほかの人と分け合おうと待っている人など、1人もおらず、早い者勝ちでがつがつ食べているそうではないか。

おかげで、十分食べられずにお腹をすかしている者もいれば、浴びるほど飲んで酔っぱらっている者もいる、ということだ。

22 食べたり飲んだりなら、自分の家でできるではないか!

なぜ、教会の名誉を傷つけ、食べ物を持って来られない貧しい人たちに、恥をかかす!

これについては言葉を失った。ほめてでも、もらいたいのか?

ふざけるな!

23 なぜなら、以前あなたがたに伝えたとおり、聖餐式せいさんしきについて、イエス様に言われたとおりだ。

すなわち、ユダが王・イエスを裏切った日の夜、王・イエスはパンを取り、 24 神に感謝の祈りをささげてから、ちぎって仲間たちに与え、こう言った。

「取って食べなさい。これは、みんなのために引き裂かれる、俺の体だ。

俺を思い出すために、このようにして食べなさい」

25 夕食の後、同じように、ワインのサカズキを取って言った。

「このサカズキは、神とみんなとの間の新しい条約。

この条約は、私の血によって立てられ、効力を発する。これを飲むたびに、私を思い出すためにこのようにするのだ」

26 だから、あなたがたは、このパンを食べ、サカズキを飲むたびに、

「イエス様が死んでくれた」とイエス様が戻ってくるまで、伝え続けるということを意味しているのだ。

27 だから、もし他人より自分のほうが優れている、もしくは価値のある者だという態度でこのパンを食べ、イエス様のサカズキを飲むような人は、それを受けるのに値しない。さらには、イエス様の体と血の犠牲を汚していることとなる。

28 だから、聖餐せいさんする前に、各人が注意深く、自分を反省しなければならない。

29 救世主キリストの体である他の人と比べ、自分のほうが価値あるものと考えてそのままパンを食べ、サカズキを飲むなら、神の鉄槌てっついを食らうはめになる。

30 だから、あなたがた教会は、弱い者や病人が続出し、多くの死者が出ているのだ。

31 自分をほかの人間より上だと思わなければ、神に見下みくだされない。

32 けれども、私たちがイエス様にさばかれ、懲らしめられるのは、この世の人たちといっしょに有罪を宣告されないためだ。

33 こういうわけだから、教会かぞくのみんな。

イエス様の晩餐ばんさんに集まる時は、みんながそろうまで待つのだ。

34 ほんとうに空腹で待ちきれない人は、自宅で食べなさい。それは、罰を受ける集いにならないためだ。

そのほかについては、そちらに行ってから、話しをしよう。

聖霊の賜物

1 さて、教会かぞくのみんな。

神の霊ホーリースピリットがあなたがたに授けてくれた特別な才能についての質問に答えたいと思う。

2 覚えがあると思うが、あなたがたはイエスの信者クリスチャンになる前、ひと言も口がきけない偶像のもとへ、あちこち出かけたものだった。

3 ところが、いま取り上げている人たちは、自分は神の霊ホーリースピリットから託されたことばを語っている、と主張する人たちだ。

その人たちが本当に神に導かれているのか、それとも、ただそんなふりをしているだけか、どのようにして見分ければよいだろうか?

そのためには、次の点を見ればよい。

神の霊ホーリースピリットに導かれて語る者は、イエスを呪うことはしないし、神の霊ホーリースピリットの助けがなければ、真心から「イエスこそが王だ」と告白できない。

4 ところで、神は私たちに、いろいろな種類の特別な才能を与えてくれているが、それはみな、神の霊ホーリースピリットから出たものだ。

5 イエス様のために仕える方法はいろいろあるが、仕えているのは同じイエス様だ。

6 また、神様はいろいろなかたちで人に働きかけるが、なんであろうと私たちを通して何かを起こしているのは、同じ神様だ。

7 神の霊ホーリースピリットは、教会全体の利益のために、私たちを通して神の力を現わしてくれるのだ。

8 神の霊ホーリースピリットはある人に、賢明な助言者としての才能を与えている。

また、同じ神の霊ホーリースピリットはある人に、研究し、教える才能を与えている。

9 また、同じ神の霊ホーリースピリットはある人に、特に強い神への信頼を与え、ある人には病気を治す力を与えている。

10 そのほか、キセキを行なう力が与えられている人もいれば、預言を行う力を与えられている人、また、神の霊ホーリースピリットか、その他の魂を持っているのかを見分ける才能をもらっている人もいる。

そしてさらに、ある人には、今までに聞いたことのないような言葉、すなわち異言で語る能力を与え、同時に別の人にその異言を解き明かす能力をあたえてくれている。

11 各々銘々へとてんでんばらばらに人知を超えた才を恵むのは一つの霊であり、同じ霊。

救世主キリストの体

12 人の体には多くの部分や器官があるが、その各部分が結び合わされて、1つの体が成り立っている。

救世主キリスト教会からだについても、同じことが言える。

13 私たちの中にはユダヤ人もいれば、そうでない人もいる、奴隷もいれば、そうでない者もいる。

しかし、私たちはみんな、同じ神の霊ホーリースピリットによって1つの体にされたのだ。

14 確かに、体はただ1つの部分からではなく、多くの部分から成り立つ。

15 たとえ足が「私は手ではないから、体の一部ではない」と言いはったところで、体の一部でなくなるわけではない。

16 また、もし耳が「私は耳で、目ではないから、体の一部ではない」などと言ったら、どうだ?そんなことで、耳が体から離れることができるか?

17 考えてもみなさい。もし体全体が目であれば、聞くことができるだろうか?

もし体全体が巨大な1つの耳なら、においをかぐことができるだろうか?

18 しかし、体の各部分がすべて同じだったら、体として成り立たない。

体のために多くの部分を造り、各部分を思い通りに配置された。

19 もし体が単一たんいつの器官でできていたら、それこそ、ばけものである。

20 だから、神は多くの器官を造った。しかし、やはり体は、ただ一つなのだ。

21 目が手に、「私には、あなたなんか必要じゃない」などとは、決して言わない。

また、頭が足に、「あなたなんかいらない」とも言えない。

22 それどころか、一番弱く、一番不要だと思われている部分が、実は、最も必要なのだ。

23 そう。私たちは、特に重要に見えない部分を、一番気にかけている。

そして、人目にさらすべきでない部分は、人目から注意深く守る。

24 一方、見られてもよい部分は、もちろん、特別な注意を要さない。

そのように、神は、あまり重要視されない部分が特別に重んじられ、注意深く扱われるように、体を組み立ててくれたのだ。

25 それは、各部分が分裂することなく、自分の部分と同じだけの愛を他の部分に注ぐためだ。

26 もし1つの部分が苦しむなら、すべての部分が共に苦しむ。

そして、1つの部分が重んじられれば、すべての部分が喜ぶのだ。

27 そこで、私は次のことを言いたいのだ。

つまり、あなたがたは共に、救世主キリストという1つの体であり、1人1人が、なくてはならない部分である、と。

28 教会を形成する上で、神はまず、使徒を置き、次に預言者を置き、そして、次に指導者を置く。

それから、キセキを行う者、人知を超えた治癒を行う者、人を援助する者、人を率いる者、学んだことのない言語を話す者たちで各部分をおぎなうのだ。

29 全員が使徒に長けているわけではない。

全員が説教者に長けているわけではない。

全員が指導者に長けているわけではない。

全員がキセキを起こすことに長けているわけではない。

30 全員が人知を超えた治癒に長けているわけではない。

全員が、異言いげんを話すことに長けているわけではない。

また、全員が異言いげんを理解し、解き明かすことに長けているわけではない。

31 自分が一番恵まれた霊的な能力に注力するのだ。

しかし、これからこんな能力よりもすぐれた生き方をげよう。

1 たとえ私に、異言で話す才能、そして天地のあらゆることばを話す才能が与えられたとしても、人を愛していなければ、ただの騒音そうおんにすぎない。

2 同様に、預言をする才能があり、将来の出来事を予知し、知識を完全に習得しても、人を愛さないなら、何の役に立つのか。

また、山を動かすほど神を信じていても、愛がないなら、私には何の値打もないのだ。

3 そして、自分の財産を全部、貧しい人たちに分け与えても、最高の知らせゴスペルを伝え広めるために火あぶりの刑にあったとしても、そこに愛がなければ、何の価値もない。

4 愛はきわめて辛抱強く、親切。

愛は決してねたまず、自慢をせず、見下さない。

5 愛はうぬぼれず、自分の利益を求めず、短気にならない。

愛は自分のやり方を押し通そうとはせず、いらいらすることも無ければ、腹を立てることも無い。

人に恨みをいだかず、被害者意識をもたない。

6 過ちを喜ばず、真理を喜ぶ。

7 愛は人に見切りをつけることがない。

愛はどんな時も希望を捨てず、あきらめず、最善を信じる。

8 才能や力はいつか尽きるが、愛に終わりはない。

そうだ、預言も、異言も、未知な知識を習得する才能もやがては消え去る。

9 これらの知能には幕が閉じる。なぜなら、いま私たちの知っていることは、ほんの一部にすぎないからだ。

10 しかし、完全なものが来れば、不完全なものは絶えてしまう。

11 子どものころの私は、子どものように話し、子どものように考え、子どものように判断した。しかし、大人になってからは子どものような考えに幕を閉じた。

12 同じように、今の私たちの神に対する知識や理解は、そまつな鏡にぼんやり映る姿のようなものだが、やがては、面と向かって、神の完全な姿を見るのだ。

今は、神の一部分しか知らないが、その時になれば、私のことを完全に把握している神のように、すべてがはっきりする。

13 永遠に残るものは3つ。信仰、希望、そして愛。

その中で一番偉大なのが愛だ。

教会を築きあげるために恵まれる霊的な才能

1 愛こそが人生最高の目標だ!

それと共に、神の霊ホーリースピリットが与えてくれる特別な才能、特に、神のことばを伝える預言を恵んでくれるように求めなさい。

2 しかし、もしあなたが、異言を語る場合、それは神への語りかけであって、人へではない。

人には、そのことばが理解できないからである。

あなたは、神の霊ホーリースピリットの力によって語るのだが、それはみな、秘密の事柄なのだ。

3 しかし、神からのことばを語る者は、人を励まし、慰め、イエスとの信頼関係を強める。

4 だから、異言を語る者は、自分と神との信頼を築くが、神のことばを語る者は、教会全体を築き上げるのだ!

5 もちろん私は、あなたがたに異言を語る才能を与えられることを望んでいる。

しかし、それにもまして、神のことばを語り、預言してくれることを望む。

なぜなら、聞いたこともないことばで話すよりも、預言することのほうが、はるかにまさっており、有益だからだ。

もっとも、異言のあとで、その内容をわかるように説明できるなら、それも、少しは役立つだろう。

6 教会かぞくのみんな。

私があなたがたのところで、異言を語ったとしても、誰のプラスになる?

しかし、もし神に与えられた悟りを語り、また、いま私にわかっていることや、これから起こることや、神のことばの真理を語るなら、それは、あなたがたにとって必要かつ有意義なことだ。

7 異言で語るより、はっきりした、わかりやすい言葉で語るほうがよいことは、笛やハープのような楽器で例えたら、わかる。

はっきりした音色が出なければ、どんな曲を演奏しているのか、だれにもわからないからだ。

8 もし軍隊のラッパ担当が、はっきりした音を出さなければ、それが戦闘の合図であっても、兵士にはわからない。

9 相手に理解できないことばで話しかける場合も、同様。

まるで、だれもいない空間に、話しかけるようなものだ。

10 世界には、非常に多くの言語があるが、どの言語も、それがわかる人にはすばらしいものだ。

11 ところが、互いの言語が分からなければ、互いに雑音にしか聞こえないのだ。

12 だから、霊的な才能を恵んでもらいたい人は、教会全体を立ち上げるものを求めなさい。

13 異言で話す才能を与えられている人は、そのことばを自分で理解する力も与えられるように祈りなさい。そうすれば、あとで、人にわかりやすく説明できる。

14 もし私が、自分でも理解できないことばで祈るなら、魂の祈りであったとしても、自分では何を祈っているのかわからない。

15 では、どうすればよいのだろうか。私は2通りのことをする。

異言で祈り、また、だれにでもわかる普通のことばでも祈るのだ。

異言で賛美し、また、自分にもわかるように、普通のことばでも賛美する。

16 もしあなたが、異言を用いて、魂だけで神を賛美し、感謝をささげても、それを理解できない人たちは、どうして、いっしょに賛美できるというのか。

また、どうして、いっしょに感謝できるというのだろう。

17 確かに、あなたは心からの感謝をささげていることだろう。

しかし、そこにいる人たちには、何の益にもならない。

18 私自身、個人的にはあなたがたのだれよりも多く異言を語ってきたことを、神に感謝している。

19 しかし、教会で教えるとき、異言で1000のことばを話すよりも、人に役立つ5つのことばを話すほうが、ずっとためになる。

20 教会かぞくのみんな。

こんな道理がわからないような子どもであってはいけない。

悪事をたくらむことにかけては、無邪気な赤ん坊でありなさい。

しかし、こうしたことを理解する点では、知恵のある大人になるのだ。

21 聖書にこうある。

「𝄞神は、外国語で自分の民に語るために、

外国人を遣わされるが、

それでもなお、

民は耳を傾けない」―― 【聖書:イザヤ書28:11-12より引用】

これこそ神様の言葉。

22 このように書いてあるのなら、なんと言えるのだろう?異言は信者のためではなく信じていない者のためのしるしなのか。

また、預言は信じていない者のためではなく信者のためのしるしなのか。

23 それにしても、まだ救われていない人や、この才能を持っていない人が教会に来て、みんなが聞いたこともない国のことばで語っている現場に出くわしたら、きっと気違いだと思うだろう。

24 しかし、もしあなたがたが、神のことばを語って預言しているなら、たとえその説教が、主にイエスの信者クリスチャン向けのものであっても、まだ救われていない者やイエスの信者クリスチャンになったばかりで、よくわからない者も、みんなの説教によって、自分が過った生き方をしていると、はっきり自覚するだろう。

そして、耳にする1つ1つのことばによって、良心を刺されることだろう。

25 心の中の隠れた思いはあばかれ、ついには、「間違いなく、神はあなたがたと共におられる」と叫んでひれ伏し、神を讃えるだろう。

権威のもと、秩序正しく

26 さて、教会かぞくのみんな。

私の言わんとすることをまとめてみよう。

あなたがたが集まる時には、ある人は賛美し、ある人は教え、ある人は神から教えられた特別の知識を語る。

ある人は異言を話し、またある人は、その異言の内容を人に説明する。

ただし、これらはすべて、全体の益となり、一同がイエス様との信頼関係を築くことに役立つものでなければならない。

27 異言で話すのは、せいぜい2人か、多くても3人までにするのだ。

しかも、一度に1人が話し、その内容を解き明かせる人がそばにいなければならない。

28 もし解き明かしのできる人がいなければ、声に出して語ってはいけない。

おおやけに語るのではなく、ひとり言か、または神に向かって語りなさい。

29 預言の才能に恵まれている人の場合も、1人ずつ2人か3人が預言しなさい。

そして、ほかの人はみな、それを聞くのだ。

30 しかし、だれかの預言中に、別の人にイエス様からお告げがあれば、先に話していた人は、いつまでも話していないで、交代しなさい。

31 このようにして、預言の才能に恵まれている人はみな、代わる代わる話すのだ。

そして、だれもが学び、励まされ、助けを受けるのだ。

32 神からことばを与えられている人は、自分の番まで自制して待つ能力も与えられていることを、忘れるんじゃあない。

33 神は、無秩序や混乱を喜ばない。調和を愛する神だからこそ、どの教会にもこの調和があるのだ。

34 女は教会での集まりの最中に口をはさんで、男の気を害さないようにしなさい。

モーセが言ったように、上の権威を敬いなさい。

35 何か聞きたいのなら、話に割りこまなくとも、家に帰って夫に聞けるだろう。

教会で女が声をあげて、空気を読まずに話しを中断することは、無礼で恥ずべきことだ。

36 この考えに文句はあるか?

神の心を知るのは、自分たち、港のみやこコリントの信者だけの特権だとでも思っているのか?

だとしたら、大間違いだ。

37 預言の才能や、そのほか神の霊ホーリースピリットに才能を恵まれたと自認する者はまず、私の主張がイエス様からの命令であると、認める。

38 これを認めない者を、決して認めてはならない。

39 だから、教会かぞくのみんな。

神からのことばを語る預言者になれるように熱心に願いなさい。

また、異言を語るのはよくないなどと、言わないように。

40 ただし、なにごとも適切に秩序正しく行なうように。

イエス・救世主キリスト最高な知らせゴスペル

1 さて、教会かぞくのみんな。

私が伝えた最高の知らせゴスペルを思い出してほしい。

みんなその知らせを受け、それを頼りに生き続けた。

2 もし初めにいい加減な気持ちでその最高の知らせゴスペルを信じたのでなく、今もなお、それを堅く信じているのなら、この最高な知らせゴスペルは、あなたがたを救ってくれるのだ。

3 私はまずはじめに、かつて自分も知らされた、次のことを伝えた。

すなわち、救世主キリストは、聖書に記されているとおり、私たちの過ちのために死なれ、 4 葬られたこと、そして預言者たちの予告どおりに、3日目に墓の中から復活されたことである。

5 イエスは岩のペテロに姿を現わし、そのあと十二使徒の残りの者の前にも立たれた。

6 そしてある時には、500人以上のイエスの信者クリスチャンの前にも、姿を見せたのだ。その中の何人かはもう死んだが、大部分は今も健在だ。

7 それから、イエスはヤコブに、そして使徒たち全員に現われた。

8 そして最後に、障害をもって生まれた赤ちゃんのような私の前にも現われてくれたのだ。

9 私は、使徒の中で1番低い人間だ。神の教会を迫害した私が、使徒と呼ばれることに不満をもつ人もいる。

10 しかし、今の私があるのは、ただひとえに、あふれるほどに注がれた神の恵みと、あわれみとのおかげだ。この恵みとあわれみは、むだではなかった。なぜなら、私はほかのどの使徒たちよりも、よく働いてきたからだ。

とはいえ、実際に働いたのは私ではない。神が私の内部で働き、祝福してくれたのだ。

11 1番よく働いたのが、私であろうとだれであろうと、そんなことは問題ではない。

大切なのは、私たちが最高の知らせゴスペルを伝え広め、あなたがたが、それを信じたという事実だ。

死の復活は“ある”

12 私たちがすべての人に伝えているとおり、救世主キリストは死から復活した。

ならなぜ、「死んだ者は復活しない」と言う人たちが、そちらの教会にいるのか。

13 もし死人の復活がないなら、救世主キリストは、死んだままということになる。

14 もし、救世主キリストが生き返っていなかったら、我々の伝えるメッセージとあなたが抱く希望に価値はなくなる。

15 そして、我々はみな、うそつきということになる。

なぜなら、「神は救世主キリストを、墓から復活させられた」という私たちの主張は、もし死人の復活がないのなら、当然、うそになるからだ。

16 もし死人が復活しないのなら、救世主キリストは、今なお死んだまま、ということになる。

17 そして、神が救ってくれると信じ続けることは、全くばかげており、あなたがたは、今なお罪の奴隷のまま、ということになる。

18 また、すでに死んだイエスの信者クリスチャンは、みな、滅んでしまったことになる。

19 もしイエスの信者クリスチャンであることが、この世の生活でしか価値がないのなら、私たちほどみじめな者はない。

20 しかし、事実、救世主キリストは死人の中から復活した。

そして、復活が約束されている何千万何百万もの人の、復活第1号となられたのだ。

21 アダム1人の過ちによって、この世に死がはびこり、イエス1人の神への忠実さゆえに、私たちも死から復活できるようになったのだ。

22 人はみな、罪深いアダムの子孫として、その血縁のために、死ななければならない。

過ちのあるところには、その結果として、死もあるのだ。

しかし、救世主キリストと血縁関係にある者はみな、やがて復活する。

23 ただし、順番がある。

最初に救世主キリストが復活した。

次に、救世主キリストが帰って来る時に、彼に属する全員が復活する。

24 そのあとで、終わりが来る。

その時、救世主キリストはあらゆる敵を滅ぼし、国を父なる神に渡す。

25 そう、「神が敵を彼の足元にひれふすまで」―― 【聖書:詩篇8:6より引用】

救世主キリストが治めるのだ!

26 その敵の中には、最終の敵である死も入っている。

死もまた、打ち破られ、とどめを刺されなければならないのだ。

27 というのは、救世主キリストには、すべてのものを支配する権威が、父なる神から授けられているからだ。

ただ、すべてのものと言っても、この支配権をお授けになった父なる神だけは、もちろん救世主キリストの支配下に含まれない。

28 救世主キリストは、ついにあらゆる敵との戦いに勝利を収めると、神の一人子ひとりごとして、自分を父なる神の支配にゆだねるのだ。

それは、一人子にすべてを征服する力を授けた神が、最終的に、最高の存在となるためである。

29 もし死人の復活がないのなら、死んだ人のために洗礼バプテスマを受ける人たちには、何の意味があるのか。

将来の死人の復活を信じてもいないのに、どうしてそんなことをする?

30 また、なぜ私たちは、いつも死の一線で戦い続ける必要があるのだろうか?

31 私は毎日、死に直面している。教会かぞくのみんな。

本当だ。我らの王なるイエス・救世主キリストによって変わったあなたがたを誇りに思っていることが事実であるように。

32 もし私が、この地上の生涯のために、野獣、すなわち港のみやこエペソの人たちと戦ったのだとしたら、どれだけみじめか。

死から復活しないのなら、この聖書個所どおりそこで終了だ。

「大いに飲み食いして、愉快に過ごそう。文句があるか。どうせ明日は死ぬ身だ。死ねば、何もかもおしまいなのだ」―― 【聖書:イザヤ書22:13、56:12】

33 そう言う人たちにだまされてはいけない。それに耳を傾けていると、同じ状態に陥ってしまう。

34 目を覚ませ!過ちから足を洗え!恥をかかせるためにあえて言おう!

あなたがたの教会には、分かってるようにみせて、神について何も分かっちゃいない人がちらほらいる。

死んだ後の体

35 しかし、こう聞く人もいるだろう。

「どうやって死人が生き返る?どんな体になる?」

36 なんとばからしい質問だろう。

畑を見れば、わかるではないか。まいた種は、まず死ななければ、芽を出さない。

37 そして、その種から出る緑の芽は、初めの種とは全く別物である。土にまくのは、麦でも何でも、干からびた小さな種粒だからだ。

38 ところが神は、その種に、それぞれにふさわしい、美しく新しい体を与えてくれる。それで、いろいろな種類の種から、それぞれ植物が生長してくるのだ。

39 いろいろな種類の種や植物があるように、肉にもいろいろな種類がある。人間、獣、鳥、魚は、それぞれみな異なっている。

40 天使は、私たちとは全く異なった体を持っている。その美しさや輝きは、人間の体の美しさや輝きとは異なっている。

41 太陽には太陽の輝きがあり、月や星には別の輝きがある。

1つ1つの星にも、美しさや輝きに違いがある。

42 同じように、死んだら朽ち果てる、私たちの地上の体は、復活の時に与えられる体とは異なったものだ。復活の体は決して死ぬことはない。

43 今の体は、病気や死で、私たちを悩ます。しかし、復活の時には、それは栄光に満ちたものとなるのだ。

確かに、今は死ぬべき弱い体だが、復活の時には、力にあふれた体となるのだ。

44 今は死ぬべき人間の体にすぎないが、復活の時には、神から与えられる人知を超えた体になる。

自然な人体があれば、神からの自然を超越した体も存在する。

45 「最初の人間、アダムには生命いのち“が”吹き込まれた」―― 【聖書:創世記2:7より引用】

しかし、最後の人間、救世主キリスト生命いのち“を”吹き込む。

46 初めはこのような体をまとっている私たちに、後には、神が天上の体をくれるのだ。

この世の体が先に来て、そのあとに神の霊ホーリースピリットによって変身された復活の体が来る。この順番が逆になることはない。

47 最初の人間は地の土から来たが、次は天から来た!

48 地上に属す人間はだれでも、最初の人間と同じ土の体を持っている。しかし、天国に属す者は、天にいる人間と同じ体を持つ。

49 人間は誰でも最初の人間のように与えられたのだから、天国の人間のように体を与えられてもおかしくない。

50 教会かぞくのみんなに念を押しておく。

地上の、血肉の体は、神の王国キングダムから閉め出される。

今の私たちの体は死ぬべきもので、永遠に生きることはできないのだ。

51 しかし、ここで驚くべきことを告げよう。それは、神のすばらしい特別の計画。

私たちは全滅するのではない。新しい体をもらうのだ!

52 終わりの角笛つのぶえが鳴り渡る時、一瞬のうちに、そうなる。

天から角笛つのぶえの音が響くと、死んでいたすべてのイエスの信者クリスチャンは、たちまち、絶対に死なない、新しい体を持って復活する。

次に、まだ生き残っている私たちもまた、一瞬にして、新しい体に変わるのだ。

53 なぜなら、地上の死ぬべきこの体は、天上の決して死ぬことのない、永遠に生きる体に変えられなければならないからである。

54 この時、次の聖書のことばが、現実となる。

「死は勝利にのみ込まれた」―― 【聖書:イザヤ書25:8より引用】

55 「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。

死よ。おまえのとげはどこにあるのか」―― 【聖書:ホセア書13:14より引用】

56 過ち、すなわち死をもたらすとげは、ことごとく切り取られる。

そして、過ちをあばく掟も、もはや私たちを裁きはしない。

57 これらすべてをどう神に感謝したらいいか。

神は王なるイエス・救世主キリストによって、私たちに勝利を与えてくれるのだ。

58 そこで愛する我が教会かぞくよ。

このように勝利は確実なのだから、しっかり立ち、決して心を奪われないように。

イエス様の計画のために全身全霊で働きなさい。

これだけは忘れないように。それは、イエス様のためにやることは、どんな小さなことであってもむだにならないということだ!

困っているエルサレムへの献金

1 さて、神殿のみやこエルサレムのイエスの信者クリスチャンあての献金については、次のようにお願いしたい。

この件に関しては、ガラテヤ州にあるすべての教会にも同様に通知しておいた。

2 日曜日ごとに、各自が、前の週の収入の一部を別にとっておいて、この献金にあてるのだ。

その額は、恵まれた収入に応じて、できるだけ貯めておきなさい。

私がそちらに行ってから、集めることなどないようにしておくのだ。

3 私が着いたら、使者として信頼できる人たちを、あなたがたに選んでもらい、手紙をことづけて、神殿のみやこエルサレムに派遣し、その愛の贈り物を届けさせよう。

4 私も同行するほうがよければ、そうしよう。

パウロの計画

5 私は、まずマケドニヤ州に行ってから、あなたがたを訪問する予定だ。

マケドニヤ州には、ちょっと立ち寄るだけだ。

6 しかし、あなたがたのところでの滞在は、かなり長びくだろう。

もしかしたら、ひと冬を過ごすかもしれない。そうなれば、あなたがたに送られて、次の目的地へ向かう。

7 先にみなさんを訪問すれば、旅の計画的にすぐにほかへ出発しなければいけなくなるのでよしておく。イエス様が許すなら、みなさんとしばらく時間を過ごしたいのだ。

8 ただ、ユダヤ教の祭りの1つである五旬節までは、港の都エペソを離れない。―― 【すなわちペンテコステ。イエスが蘇り、天に昇って行った後に、集まっていた人たちに、神の霊ホーリースピリットが降った出来事のこと】

9 というのは、ここで、最高な知らせゴスペルを宣べ伝えるための門が、広く開放されているからだ。しかし、それだけにまた、敵対する者も多いのだが・・・

10 混血のテモテが着いたら、あたたかく迎えてやってくれ。私と同様、イエス様の仕事に励んでいる人だ。

11 彼を見下したり、無視したりしないでくれ。そちらでのすばらしい体験を胸に、喜び、感化されて帰って来られるようにしてくれ。私は、彼ら一行の帰りを、首を長くして待っている。

12 さて、我らの同志アポロについてだが、他の同市を連れて港のみやこコリントへ行くよう、強くしたが、タイミングが悪いため、機会ができたら訪問するとのことだ。

手紙を締めくくるパウロ

13 目を覚まして、イエスとの関係を握りしめ、根性を持って勇敢になれ!

14 何をするにしても愛から。

15 ステパナとその一家を覚えているだろう。

ギリシャで最初にイエスの信者クリスチャンになった人たちだ。

彼らはイエスの信者クリスチャンのために、すべてをささげた人たちだ。

教会かぞくのみんなにお願いがある。

16 ステパナたちのようなリーダーの指示に従い、ステパナと共に熱心に働く人たちに習って、共に仕えるのだ!

17 ステパナとポルトナトとアカイコの来訪を、心から喜んでいる。

この人たちは、離れていて手助けできないあなたがたに代わって、力になってくれた。

18 彼らから私が受けた励ましは大きく、たいへん勇気づけられた。

あなたがたもきっと、同様に励まされたことだろう。

心から感謝してほしい。

19 アジヤ州にあるすべての教会から、くれぐれもよろしくとのこと。

アクラとプリスカ、また、礼拝のためにその家に集まっている人たちもみんな、心からよろしくと言っている。

20 こちらの友人たち全員も、よろしくとのこと。

あなたがたも、会った時には、互いに愛のこもったあいさつを交わしなさい。

21 この手紙の最後のことばは、私の手で書こう。

22 イエス様を心から愛さず、従わぬ敵が、神から永遠に迷子のまま追放されるように。

王よ、来たれマラナ・タ

23 王・イエスの愛と恵みが、あなたがたと共にあるように。

24 私の愛が、イエス・救世主キリストにあって、みなさん一同と共にあるように。

パウロより